番外編:男のロマンは女風呂!?

―陸視点―




「…良し。皆、大分筋が良くなってきたね」

「「ありがとうございました!!」」



 最初の依頼を終えてから。

 今日で十日が過ぎた。


 僕たちは、教国で討伐依頼を中心にしながら訓練を行っていて。


 先生曰く。

 今のままでも十分依頼はこなせるらしいのだけど、より基本的なことを積み重ねておくのが強くなるための近道らしい。



「後は自由時間だから、皆思い思いに過ごしてくれ。――でも。しっかり休むことを忘れないようにね?」

「よーし! 美緒ちゃん、お風呂いこー?」

「はい。汗を洗い流しましょうか」



 どうやら、女子組はお風呂に行くようだ。

 この世界に来てから衝撃を受けたことの一つに、お風呂が一般家庭にも普及しているということが挙げられる。

 聞いた話だと。

 大きな都市などは、浄水設備がしっかりと管理されていて。

 余程の辺境や水が貴重な砂漠地帯でもない限り、お湯に入れるとのこと。


 “発水”もあるし。


 そういった苦労は少ないのだろう。



「なぁ、陸。俺たちはどうする?」

「うーん、そうだなぁ」


「――じゃあ、二人は私と一緒にどうだい?」



 お風呂に行くのが良いか。

 それとも、辺りをぶらぶらと散策するのが良いか。


 康太と共に話し合っていると。

 木剣を返しに行っていた先生が、こちらへ話しかけて来た。



「何処かに行くんですか?」

「フフフッ……を鑑賞しにね?」

「「――な!?」」

「先生。それって……まさか!?」


「――いや、康太?」



 それは、不味いでしょ。

 そんなことした日には。

 僕たちの冒険は、この国だけで終わってしまうことになる。


 というか。

 牢屋の中で一生を終えるのは絶対に嫌だ。



「さっすが先生だぜ!」

「――さあ、行こうか! 我らのロマンを見つけに!」

「おうさ!」


「ちょッ! 二人ともッ!?」



 …ダメだ、このバカ二人。

 もしも本当にするようだったら。

 僕が止めるしかないかな?


 いや、流石の二人でも。

 本当に覗きに行ったりはしないだろう……しないよね?



 ………。



 …………。



「おおッ!! 良い眺めだぜ!」

「そうだろう? そうだろう? こういうのが分かるのは、やはり野郎だよね」


「………あッ、はい」



 導かれ、辿り着いたのは。

 湯煙漂う浴場…ではなく。


 様々な武器が売られている鍛冶屋だった。

 

 ああ、うん。

 男のロマンってそういう…ね。


 別に、全然、全く期待はしてなかったけど。

 康太はなぜ分かったんだろう? 

 そのまま店に転がり込んでいく先生と康太バカは、次々に武器や防具を品評していく。



「うーん、中々。こういう優美な装飾のある剣も実用的ではないけど、工芸品としては良いものだよね」

「やっぱ使えないんすか?」

「少なくとも、戦術的優位性が上がることはないね。でも、自分が良いと思えるものを使うこともまた大事だ。そこは上手く、実用性とのバランスをとるのがいいね」

「ほう、なるほど」

「……先生。そういえば、康太の新しい武器の話ってどうなったんですか?」


「あぁ、それだ陸。俺も忘れてた。――先生?」



 何故本人が忘れるのだろうか。

 康太は現在、盾役兼遊撃担当の位置に落ち着いているけど。


 本人は。

 攻撃もしたいとのことで。


 武器ソレを渇望している様子だ。…忘れるくらいには。



「うん。盾役と攻撃を両立するためには、大盾か大剣かの選択肢があるんだが、やっぱり攻撃性に秀でる大剣が良いと思うんだ」



 大剣の腹で弾丸を弾くとか…。

 そういう感じなのかな?

 でも、それ折れないかな。


 完全に攻撃を防げるくらいの厚さにすると、流石に重すぎるだろうし。


 剣は盾程曲線を描けないから。


 その分、衝撃の分散もしずらい筈。



「盾みたいに使ってたら、戦闘の途中で折れたりしないんすか?」

「勿論そういうことはあるだろうけど、それはどの武器にも言えることだ。まぁ、使い手の技量次第かな? 盾での捌き方を覚えてきた康太なら、ある程度訓練すれば使えるようになると思うよ。それに、筋力は申し分ないくらいに強くなってきている。やっぱり勇者は魔素マナの吸収効率が凄く速いね」



 やはり、そうなのかな。


 冒険者の成長速度を知らないから。

 人より早く成長している実感はないけど。多くの場所を旅してきたという彼が言うのなら、そうなのかもしれない。


 それに。


 康太の防御には、何時も助けてもらってるし。



「じゃあ、この店で――」

「いや。大剣を買うなら、教国じゃなくて他の国の方が良いかな」

「何でですか?」

「大陸の最西端だからね。新人の冒険者に強い装備を持たせて勘違いさせるより、地力を磨かせるために強力な武器は置かないようにしているんだよ。だから、使いやすい武器ならもう少し東側にあるセフィーロ王国がいいだろうね」


「「――セフィーロ王国?」」



 何時もの、先生の豆知識。

 それに耳を傾けていると新しい国の名前が出てきて。


 …セフィーロか。


 どういう意味だったかな。



「……なら、そこが次の目的地になるんですか?」

「あぁ、そうなるね。でも、もう少しこの国で訓練を積むから、康太の武器は少しだけ待ってくれるかい?」

「ウッス。――んじゃ、攻撃をいなす訓練でもしてますか」



 素直に言うことを聞く康太。

 まだ教国しか国を知らない僕たちには。


 一体、どんな体験が待っているのかな。



 ―――冒険の予感に、胸が高鳴った。




  ◇




―春香視点―




「ここ、覗かれたりしないよね?」

「流石にするような人は居ないんじゃないですかね? …えっと。分かりませんけど」



 訓練が終わった後。

 あたしたちは、宿の二階に設置された浴場に来ていた。


 一緒に入っている美緒ちゃんは…うん。

 身体がとても綺麗で。


 なんか、負けた気がするね。

 ……胸も大きいし。


 ―――くッ。なんてうらやまけしからん……。



「どうかしましたか?」

「何でもないよ? …まぁ。覗き魔が出てきても、私が“激流”で叩き出すけどね」

「もう完全に使いこなしてますよね。……使われた人は、もしかしたら骨が砕けるんじゃないですかね?」


「そこは、天罰ってことで」



 そう、そうなのだ。

 最初の依頼を終えた後。


 自身の力不足を感じたあたしは、先生に攻撃用の魔術を教わった。

 最初は「炎とか出せるかなー」なんて思っていたんだけど、それは魔力の消費が激しいからって言われて水の魔術になった。


 でも、使ってみると。

 木の盾は大きく凹むし。

 岩の端っこが削れるくらいに威力があって驚いた。


 使いこなせるようになると魔物の体も切断できるようになるって言ってたけど、最初からここまで使えるのも珍しいとかで。

 あたしは、水の魔術と凄く相性が良いらしい。


 最初に使った時。

 先生が若干引いていたのを、あたしは見逃さなかった。



 ……足手まといは、嫌だし。



「にしても…。美緒ちゃんって、陸と康太君の事ずっと名字で呼んでるけど。何で名前では呼ばないの?」

「――え? ……考えたこともなかったですね」



 そう、美緒ちゃんは。

 基本的に男の人を名字で呼ぶ。

 まあ、彼女の家は市の議員さんを輩出するような地元の名士らしいし、お嬢様である彼女がそう育つのも当然かもしれないけど。


 「たにんぎょうぎ?」って感じに映るよね。



「春香ちゃんは、何時も名前で呼びますよね?」

「うん、そだね。だって、陸は幼馴染だし? 康太君は…なんか、名字で呼ばれるって感じじゃないし?」

「如月君の理由はともかく、桐島君の方はよくわからないですね」



 ……そうかなぁ?



「そう?」

「はい、分からないです」

「――じゃあ、さ。付き合うとしたらどっちが良い?」


「え……!?」



 不意を突かれたからかな。


 珍しく、驚いたように反応する美緒ちゃん。

 ……まぁ、急にこんなこと聞かれても戸惑うよね。


 でも、今は乙女だけの時間。

 高校に入学して二か月ほどしか経っていなかったのに、上級生にすら告白されたというマドンナの好みを知りたいと思うのは当然のことですよねぇ?



「えーと……」

「じゃあさ。付き合うとしたら、どんな人が良い?」



 あたしは諦めが悪いのさ。


 もしかしたら。

 あの二人が、好みではないだけの可能性もあるしね。



「誠実な人、ですかね?」

「かぁー! 模範的な大和撫子めェ!」


「――春香ちゃん? おじさんみたいですよ?」



 むう、失礼な。

 これでもぴちぴちのJKなんですよ? 


 他の友達にも言われたことあるけど。



「じゃあ、じゃあ。あの二人でも良いってことにならない?」

「うーん。確かに如月君は誠実ですし、桐島君も気遣いのできる人ですけど」


「――じゃあ、先生とか!?」


「……春香ちゃんと同じ考えだと思いますけど」

「あ、やっぱり?」



 そうだよね。

 先生は優しいしすっごく強いけど。


 彼氏にしたいかと聞かれたら違うんだよねー。

 なんか小さいときの初恋の人になるような感じ? っていうか…頼れるお兄さんっていうか?


 時々…そう、時々。


 何考えてるのか分からないときもあるし。



「私だけ質問されるのは不公平です。春香ちゃんはどうなんですか? 如月君とは、小さいころから一緒にいるんですよね?」

「――え、陸? もちろん好きだけど」

「え!?」

「あ、違う違う。付き合いたい方の好きじゃなくて、大切な幼馴染というか…ね?」


「……それって、どう違うんですか?」



 分からないかなぁ?


 それに、その反応。

 もしかして、自分は気づいてないけど。


 陸に気があるんじゃないかな? 美緒ちゃんは。


 あたし、これでも結構鋭い方なんだよ?

 相手自身が気づいてないことに気づけるような……。


 もしかして。


 私の異能って、これなのかな? 




 ―――いや。ずっと前からだし。




「うーん。でも、あたしが陸と付き合うようなことは多分ないかな」

「絶対ではないんですね…?」

「うん。だって、好きになっちゃったら止められないし? 恋って、そういう物でしょ?」


「そう…なんですかね」


「そんなもんだと思うよ? ――でも。こんな近くで一緒に旅してたら、本当にそのうち陸とか康太君の事好きになっちゃうかもね」



 ………。


 あたしのその一言で。

 暫し、訪れる沈黙。


 なんだか、さっきよりもお湯が熱いような気がして。



「………あがろうか?」

「そう、ですね。長湯は体によくありませんから」



 何かを誤魔化すように。

 ゆっくりと湯船から出て。

 あたしたちは、のぼせないうちに浴場を後にすることにした。


 後で聞いた話なのだけど。

 あたしたちがお風呂に入っている間に、男三人衆は武器屋に行っていたらしい。



 何故か疲れたような顔をした陸がそう言っていた。



 うーん。

 あたしも一緒に行きたかったな。

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