5-2 9/12, 10/15(i)
[9/12]
僕はしばらく学校に行っていなかった。自分なりに考える時間が欲しかった。
数日が経った後、母に「父に会わせてくれ」と言った。
自分なりに知りたいことがあった。祖父の思いが、父にどんな影響を与えているのか知りたかった。
母は初めのうちは複雑そうな顔をしていたが、やがてひとつ息を吐いて了承した。
「そういえば」と母が口にする。
「フォトフレームの写真、もう一回入れておいたわよ」
僕は玄関に置かれているそれを観た。5歳ぐらいの小さな子供が一人、ピアノの前でとびっきりの笑顔を浮かべていた。現像したばかりの綺麗な写真だった。
「あんた、以前入っていたこの写真が、どうしてぐちゃぐちゃだったのか、憶えてる?」
僕が特に思い出せないでいると、母は「あんたがやったのよ」と言った。
「私は悪くない写真だって言ってたんだけど、どうやらあんたにとっては結構恥ずかしいものだったみたいでね。時折勝手にフォトフレームから取り出して、部屋の中に隠したりしてたの」
あの頃の僕がそんなことをしていたのか、と自分のことながら驚く。恥ずかしいんだったら捨てればよかったのにな、なんてことを一瞬考えたが、すぐにそんなことはできなかったのだと理解する。恥ずかしさと同じぐらいお気に入りの写真だったのだろう。昔の僕は不器用なやつだったみたいだ。
そこで僕はふと考えた。あの頃の母はそのたびに僕の写真を探し、フォトフレームに戻しておいたのだろうか。僕にまるっきり興味を示さなかったような母が。
「あたしもそろそろ、何かに向き合わなきゃいけないのかもね」と母が呟く。
きっとそれは長い時間がかかるものだろう、と僕は思った。それでも、母のその呟きには、きっと意味があるのだろうと思いたかった。
[10/15]
首都圏に住んでいる父に出会うため、新幹線に乗った。夏休みの間、何日もかけて少しずつ南に行ったことが思い出された。今回はたった五時間でそれよりも長い距離を進んでいる。逃避行をしていた僕たちが永遠みたいな時間をかけて進んだ距離は、新幹線の四時間にも満たないのだ。
降りた先でしばらく待っていると、辺りを見回している男性が目に映った。僕はそれが自分の父であるとすぐに気づいた。母が昔言っていた通り、顔立ちが結構僕に似ていたからだ。後ろ姿に向かって僕が声をかける。その人は振り向いて、それから嬉しさと申し訳なさが混じったような表情をした。それだけで彼が本当に駄目な人間だったわけではないことを察し、僕は少し安堵した。
「初めまして」と僕は言う。父は少し躊躇した後に微笑んで返事をした。
「久しぶり。と言っても、初めましてみたいなものなのかな」
そこで、父は僕が生まれた後に家を出たことを初めて知った。
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