2-7 8/6(ii)

 今日はどこに連れていくの、と本浄に訊く。彼女は「遊園地ですよ、この辺りのみんながよく知っている遊園地」と言う。

 その発言に対して違和感を覚えた。この辺りの皆が良く行く遊園地に検討がつかなかったのだ。思い当たるものがあると言えばあるが、三、四年ほど前に閉園になってしまったと聞いていた。もう一つ思いつくのは県外にあるそれなりに大きな遊園地だ。とはいってもそれは高校生の僕らが一日で行くには距離も金額も大きすぎる。

「前者ですよ」と本浄は言った。それはつまり、閉園になったほうの遊園地だという事らしい。そんなところに行って何をするのだろう。

「思い出の場所なんです。とはいっても、一度も行ったことはないんですけれど」

「行きたいけど行けなかった、って言う意味での思い出?」

 本浄しばらく黙った。少し寂しげな目をしていた。

「そうですね、大体そんな感じです」

 本浄はどこか遠くを見ていた。薄幸そうなのはいつものことだけれど、今の彼女は特に幸せを逃してしまったような表情を浮かべていた。

 この時、僕は閉園になった遊園地に対して勝手なイメージを浮かべていた。動かなくなった遊具がいくつか置いてあって、そこからかつての栄華を想起させて浸る、そんな写真を彼女が撮りたいのだと、勝手に推測していた。


 遊園地があった場所は、ただの更地になっていた。

 テレビで見た時は解体途中という感じがして、もう少し遊園地の跡地らしい姿だった。しかし、目の前に映る光景からは、絶対に元の形を思い出すことなどできない。

「なんにもないですね」と彼女が呟く。

「そんなこと、わかってたんじゃないの」

「もちろんです。でも、実際に見ると、本当になんにもないんだなあ、としみじみ思います」

 そういうものなのかなあ、と僕は無理やり納得させた。

「閉園した後の、この景色を撮りたかったの? 祭りの後の静けさみたいなのを」

 違うんです、と本浄が薄い笑みを浮かべた。違うというのは一体どの部分の話なんだろう。

「この遊園地、面白いんですよ。閉鎖ではなく移転なんです。移転先は何処だと思います?」

「さあ、ここよりももっと人が多い場所?」僕は適当に答えてみる。

「違います、宇宙なんです」と彼女は薄く微笑んで言った。

 彼女が何を言っているのか、あまりわからなかった。

「この遊園地を経営していた会社が、閉店前に星の命名権を買ったんです。遠い星にこの遊園地と同じ名前を付けました。だから宇宙への移転なんです」

「不思議なことをする人がいるものだね」僕は素直に驚いた。

 そもそも、星の命名権を買うことができる、なんてことも初めて知ったのだ。それはある程度お金がかかることなのだろうということは想像がつく。その上、何か価値を生み出せるかと言われたら限りなく怪しい。おそらく一時的なニュースになるのが関の山だ。それでもそんなことを行うことに、どのような意義があるのだろうか。

「ここから417光年離れた場所できっと、メリーゴーランドは楽しそうに回っていますし、ジェットコースターは元気よく走っているんです」

 ほとんど僕達が認識できない星に名前を残す。そうすることでこの遊園地は永遠になろうとしたのだ。それが面白いか面白くないかはわからないけれど、きっとどこかの誰かにとって、とても価値のある行為だったのだと思う。

「じゃあ、ここが更地で、コーヒーカップやボートや観覧車が一つも残っていないのは、その星に運ばれてしまったということなの」

「そうです、あの頃は飾り物だと思っていたスペースシャトルが運んでくれたんです。417光年離れた場所に」

 そんなはずがないことを、さも本当であるように告げる。

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