第54話 滑り出しからの困惑は全くの想定外です

「「「これは一体どういう事だ!? 王者チャンピオンのオルンドールだけが、真っ白な泡にまみれているぞ! どんな魔法マジックを使ったのでしょうか?!」」」


 司会者さんの言葉に会場がどよめきました。

 私も一緒に驚きましたが、洗毛剤シャンプーを薄めるなって言っていましたね。あれが何か鍵にでもなっているのでしょうか。


 私が水場からバケツを持って帰ると、フィリシアの仔だけが泡だらけになっていました。アイボリーのもふもふな姿が、真っ白なふわふわの泡まみれな姿を見せていて、白い泡から赤い舌がちょろりと見え隠れしていました。

 

 他の作業台ではほとんどの方が、私と同じようにたらいに水を汲んでいる状態です。

 カミオさんと【オルファステイム】のヤヤさんだけが、モップ犬オルンドールの毛先に水を掛けていました。掛けた先から毛先が乾いていっています。想像以上の凄い吸収力を見せていました。カミオさんもヤヤさんも次のステップに行けなくて、れているのが分かります。目の前でフィリシアが泡泡していたら余計ですよね。


「んもう!」


 カミオさん、ふくれっ面で洗毛剤シャンプーを掛け始めました。半分ヤケになったようです。バシャバシャと洗毛剤シャンプーを乱暴に振り掛けられるオルンドールが、少し迷惑そう顔をカミオさんに向けていました。


 【オルファステイム】をチラリと覗くと息子のデルクスさんがジッとフィリシアを見つめ、何か考えていますね。助手アシスタントの方が忙しなく作業を続ける中、ジッと佇むデルクスさん。何だか少し不気味です、どう動いて来るのでしょうか?

 

 序盤だけでこの感じ、この課題は一筋縄ではいかないと見て良さそうです。


「エレナ、控室に大型用の火山石ウルカニスラピスの織布を持って来ているから、準備しておいて。私の大きいカバンに入っている」

「はい!」


 火山石ウルカニスラピスの織布は、火山石ウルカニスラピスが織り込んであって、水分を含むとじんわり熱を発する細工がしてある布です。拭き上げの際、あるとないとでは大きな時間の差が生まれます。オルンドールの大きさだと小型用だと思いましたが⋯⋯きっとフィリシアには何か考えがあるに違いありません。素直に持って行きましょう。


「「「おーっとここで! カミオとヤヤのふたり! ふたりのオルンドールが洗髪に入った! 前を行く王者チャンピオンを追いかける!」」」


 泡立つふたりを余所に、フィリシアは洗い流しに入ります。水を掛けても、掛けても、掛けた先から吸収していきますが、フィリシアはそんな事お構いなしです。毛の根元から絞り出すように絞り上げていきました。毛先からは水が滴り落ち、机上を濡らしていきます。この仔の毛は一体どうなっているの??

 私の困惑は置いておいて、フィリシアが頭ひとつリードをキープです。このまま行けば大丈夫。そういえばこの仔、ブルブルと水を弾く仕草をしませんね? 濡れている体は気持ち悪くないのでしょうか?



「ふふ~ん♪ ふふん♪」


 カミオさん鼻歌まじりに洗髪していますよ、余裕? ですかね?

 【オルファステイム】では、デルクスさんが顎に手を置き、何やら指示を出しています。デルクスさんが合図を出すと、一斉に水気を絞り出し始めました。ヤヤさんのオルンドールが凄い勢いで絞られ、一気に毛が乾いていきます。

 このままだと、追いつかれちゃいますよ。私もフィリシアを手伝わないと。


「エレナ、持って来た? こっちに頂戴」

「え! もう乾かすの?」

「フフフ、まぁ見てなって」


 目の前のモップ犬オルンドールにすっぽりと火山石ウルカニスラピスの織布を被せてしまいます。

 布の隙間から覗く顔は、舌を出してハッハッハッと少し暑そうですね。

 その様子にフィリシアはご満悦の様子を見せています。焦る私を余所に、手を止めてその様子を見入っていました。


「拭かなくていいの??」

「この仔の特殊な毛は、水分を溜めておく為の物なの。暑くなると、その水分を蒸発させて皮膚の表面の熱を下げるんだって」

「? 蒸発? させると何で熱が下がるの?」

「⋯⋯アウロさんから聞いた話だから、今度アウロさんに説明して貰って」

「フィリシア、知らないの?」

「いいのよ! 今は。それで今、この仔はじわじわと暑くなっているから⋯⋯」

「あ、溜めていた毛の水分を蒸発させている!」

「そういう事!」


 暑くなればこの仔は自分で乾かすって事ですか。何とも、いろいろと不思議な仔ですよ。

 

 ただ、周りの動きを見ると、みんなこの事については知らないのか、気が付いていないのか、必死に絞り上げているだけです。舞台ステージの上でぶつぶつと文句を言いながら、激しい困惑の表情を見せている人はひとりふたりではありませんでした。予備予選を勝ち上がる知識と技術を持っているというのに、これだけ苦戦するというのは余程珍しい仔なのでしょうか?

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