第43話 解決の糸口はあると思います
もっとスッキリと晴れやかな空気になるかと思っていました。
私も歩き回るビオの姿を想像していたのですが、付けられた義足に不安な瞳を見せるだけで、想像した姿とはかけ離れた光景が広がっていました。
足を伸ばし床にうつ伏せるビオの姿。伸ばしている足から伸びるくの字に湾曲するシカラ材の義足が役割を果たせず、床に伸びています。
試作品を装着され立ち上がるビオ。何度と無く繰り返す一歩前に踏み出しては、そのまま床にうつ伏せてしまう姿。
「どれかはハマると思ったんだけどなぁ」
アウロさんのぼやきたくなる気持ちも分かります。ビオの側にはいくつもの転がる試作品。アウロさんは顎に手を置き、床を見つめながらずっと考え込んでいました。
私も考えます。
足りない経験と知識。
それでも私の言葉を具現化してくれた時間を無駄にして欲しくないのです。
今もビオは床で体を伸ばしています。まるで何かを訴えるかのようにアウロさんや私に瞳を向けていました。そこから感じるもの⋯⋯イヤがってはいない?
車輪椅子はイヤがって話にならなかったとフィリシアは言っていました。
だったら⋯⋯。
「アウロさん。この方向で間違ってはいないと思います。歩いてはいないけど、義足をイヤがる素振りは見せていません。その証拠に最初に必ず立ち上がろうとしていましたから。という事は、ビオの中で何かがしっくりくれば歩き出すのではないでしょうか?」
「う~ん、なのかなぁ? ただ、そのビオの中でしっくりこない何か、理由が分からないんだよね」
「⋯⋯ですよね。でも、車輪椅子はお話にならないくらい拒絶したと言っていたので、義足という方向性は間違っていないと思いますが⋯⋯」
「う~ん⋯⋯」
私の言葉に反対というわけでは無いのでしょうが、難しい顔のまま唸り続けます。
アウロさんは床に転がった試作品のひとつを手にして、グニグニと弄び始めました。力を掛け、曲げては弾力や曲がり方を見つめています。
転がる試作品。
床で伸びているビオの姿。
アウロさんは弄びながらゆっくりと視線を動かしていました。
ふと、動きが、アウロさんの手元が止まります。
遊んで欲しい老犬が扉に手をやりケージの中で立ち上がる姿にアウロさんの視線が釘付けになっていました。老犬を見つめたまま、手にした試作品をゆっくりと押し曲げます。
「あぁああっー!!」
「ど、どうしたんですか?!」
アウロさんが突然声を上げてびっくりしてしまいました。ただ、その声に何かが思いついたのだと分かります。
「エレナ、もしかしたらいけるかも。ちょっと作り直してくる!」
「は、はい⋯⋯」
私の返事を待たずに
とりあえず、ビオに装着していた義足を外し、ケージへと戻します。
「アウロさんが何とかしてくれるみたいよ。きっと歩けるようになるから大丈夫」
ケージ越しに話し掛ける私に、ビオはキョトンと愛嬌のある顔を見せるだけでした。
◇◇◇◇
マイキーの
フィリシアも長い髪を耳に掛け、隣から覗き込んだ。あるはずの無い血が混じる骨の欠片が、開いた肉の奥に散見した。
砕かれた骨。
その意味する所は誰でも分かる簡単なものだ。
「強い衝撃を受けての粉砕骨折だな。かわいそうに」
モーラの監察員としての目も必要としない程の分かりやすい惨状に表情を曇らせた。
「それじゃぁみんな、骨折の治療を始めるよ。とりあえず、ピンセットで骨片を一度取り除いてから、ツマクの樹液を使って再形成。再形成後、元の位置に戻してラーサのヒール。その後にプレートで固定。モモはヒールの状況を鑑みてプレートの準備をしてちょうだい。さぁ! 始めるよ」
ハルの指示に一斉に動き始めた。ハルがピンセットで骨片を拾い、トレーに乗せて行く。
骨片は目に見えていなかった所にも隠れていた。思っていたより数が多い。
ハルの表情が一段厳しくなる。
「モモ。塩水で洗って」
「了解」
ハルは筋肉や神経の隙間に入り込んでしまった骨片が、神経を傷つけないように慎重なピンセット捌きで、隠れた骨片を取り除いていった。
「ふぅ。これで全部みたいね。ラーサどう?」
「なかなか手ごわいな。ちょっとした立体パズルだよ」
骨片を並び替えていくラーサのピンセットが、トレーの上で所在無く漂う。
「細かい骨片は諦めて大きいのからくっつけていこうか。ラーサ代わるわ。あとでヒールお願いね」
「うん。分かった」
トレーの骨片を覗くハルとラーサの横で、モモは割れた脛の状態をチェックしていた。
フィリシアは、その横から覗き込んで行く。
「ねえねえ、大丈夫? 治る?」
「大丈夫じゃない。強い衝撃で上面が削れちゃっているけど、折れ切ってはいないのが不幸中の幸いね。これなら治りは、意外と早いんじゃないかしら」
「良かった」
モモの言葉はフィリシアに少なくない安堵を運んだ。
みんなの表情と強い衝撃という言葉。
次は⋯⋯。
「さて、こいつに強い衝撃を与えたのは誰だって話だな。まったく【ハルヲンテイム】は次から次へと面倒に事かかんな」
「そう、言わないでよ。ギルドじゃなきゃ出来ない仕事でしょう」
「ふん」
モーラが鼻をひとつ鳴らし、厳しい顔を見せた。悪態ばかりついてはいるが、やる時はやるという事は周知。ハルは目の前の事に集中していった。
「すいません、遅くなりました。飼い主の確認に手間取ってしまいました」
アウロが、息を切らしながら扉から飛び込んで来る。アウロの見せる剣呑な瞳は、この事象が一筋縄では行かないであろう事を物語っていた。
「モモ、これお願い。で、アウロどうだったの?」
ハルは繋ぎ合わせた骨片を慎重な手つきで手渡し、アウロを一瞥する。
「マイクの飼い主はカラウズ・モーリス。西区画の方ですね」
「モーリス? 西のモーリス家といえば名家のひとつだぞ。そこが虐待となれば⋯⋯本当に【ハルヲンテイム】は面倒事ばかり持ち込みおって」
「まぁまぁ、モーラ。登録した飼い主が虐待していると決まったわけじゃない。今回は特にね。東のグラウダを名乗る⋯⋯フィリシア、男? 女? どっち? フィリシア??」
アウロの言葉に大きな衝撃を受けているフィリシアは固まったまま、一点を見つめていた。
「あ、ゴメン。グラウダさんは女性よ⋯⋯」
「フィリシア、大丈夫?」
「大丈夫⋯⋯? いや、何だかもう頭がグルグルしちゃって⋯⋯」
ハルは困惑を究めるフィリシアを嘆息まじりに見つめた。
仕方ないか。
トリマーじゃ、こんな経験する事なんてきっと無いものね。
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