第37話 その節はありがとうございました

 露店の並ぶ中央街。大きな噴水を囲むように活気を見せる露天商達。家路を急ぐ人々の影は伸び、空も足早に紫紺へと染まって行きます。

 

 私の家路へ向かう足取りは重いです。【ハルヲンテイム】へ向かう足取りとは正反対。噴水脇のベンチに腰掛け、いつもと同じ美味しいおばさんのパンに齧りつきます。

 噴水脇のベンチは、恋人同士の憩いの場。

 若い男女が人目をはばからず愛を語り合っているそうです。フィリシアにそう教えて貰いました。


 “そんな中で良くパンなんか食べられるね”


 と呆れられたのも付け加えておきます。何が気になるのでしょう? 家で食べるより、よっぽど落ち着いて食べられますよ。

 顔上げて世界を見ると、世の中にはいろいろな人がいます。ひとりひとりに生活があって、いろいろな思いをしながら日々暮らしているのですね。楽しいも悲しいも、日々みんな感じながら日々を送っているという当たり前につい最近まで気が付かなかった。それは寂しい事に違いありません。みんなのおかげで気が付く事が出来た私は幸運なのでは? なんて思ったりします。


 噴水広場の片隅で、膝から下が義足の猫人キャットピープルさんが、お椀を片手に頭を垂れていました。通りすがりにチャリンと小銭を入れていく人がいます。

 冒険者の成れの果てなんて揶揄する人もいますが、実際どうなのでしょう? お父さんは事あるごとに施しなんて受けるなと言っていましたが、働けないのなら仕方ないのでは?

 そんな事を考えながら、ボーっとその様子を眺めていると猫人キャットピープルさんが、いきなりこちらにずかずかと歩いて来ました。

 私はびっくりしてしまいます。何にびっくりしたかって、少しばかりたどたどしい足取りながらも普通に歩いている様に驚いてしまいました。義足ってあんなに歩けるのですか?? 私はあまりの驚きに目を見開き、固まったまま迫る猫人キャットピープルさんを見つめていました。


「おい! てめえ、なんか文句あるんか!? ああん?!」

「ひゃい! え?! え?!」


 凄みを見せる猫人キャットピープルさん。私の体は更に固まり返事もままなりません。そんな私の姿に猫人キャットピープルさんの苛立ちは上がっていく一方です。


「舐めてんのか! 見せ物じゃねえぞ!」

「ご、ごめんなさ⋯⋯」

「おいおい、見せ物だろう? こんな往来で物乞いのマネ事しているんだ、誰だって見るだろう」


 私が怖くなって頭を抱えると、頭越しに低く穏やかな声色が聞こえました。私はゆっくりと顔を上げると眼鏡を掛けた狼人ウエアウルフさんが、冷えた視線を投げ掛けています。


「マッシュさん!?」

「よう、エレナ。こんな所で何しているんだ?」

「⋯⋯あ、はい⋯⋯えっと⋯⋯」

「おい! こっちの話は終わってねえんだよ!」


 猫人キャットピープルさんがマッシュさんの肩をむんずと掴むと、マッシュさんはそれを冷ややかな目で一瞥。その手を払うわけでもなく、そのまま猫人キャットピープルさんの方へと顔を向けていきました。


「なぁ、いたいけな女の子の前で物騒な事はしたくないんだよ。わかれ」


 こちらからマッシュさんの表情は見えません。猫人キャットピープルさんは視線を外すと軽く舌打ちをして去って行きました。私が安堵の溜め息を漏らすと、マッシュさんは笑顔を見せてくれました。


「災難だったな。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「こんな所で何しているんだ? あ⋯⋯待ち合わせか?」


 マッシュさんは周りのカップルを見渡して、コソっと顔を寄せて来ました。私は少しドキドキしてしまいます。穏やかな方ですが、どこかに鋭さみたいなものを常に感じさせる方でした。


「いえ! 違います! ひとりでご飯を食べていました。いつもここで食べて帰るのです」

「ここで? 家じゃなくて? ⋯⋯そうかい。まぁ、いいや。何であの猫を見ていたんだ? 物乞いが珍しかったのか?」

「あ、いえ。義足の方だなと思っていたら、割と普通に歩いてこっちに向かって来たのでびっくりしちゃって」

「ああ。あの義足は結構いいやつだからな。物乞いする程困っているヤツじゃないって事だ。本当に困っているヤツは、こんな大通りじゃなく少し離れたところで、うな垂れているよ」

「?? どういう事ですか? 物乞いする程困っていないのに何でするのですか? みんなそれを分かったうえでお金を入れるのですか?」

「うーん。まぁ、そうかな。明日は我が身ってやつさ。冒険行って、足の一本、手の一本無くなっちまうなんてのは、まま有り得るからな。お互い様って事かな。助け合いだよ。あの猫の場合は、いい義足を手に入れたんだ、楽せず働けって思うけどな」


 マッシュさんは笑いながら言うけど、誰かがそんな目に合ったら相当辛いです。


「⋯⋯マッシュさんとか、みんなそんな事にならないで下さいね!」

「アハハハ。おまえさんは優しいな。それじゃあ、帰るかな。ハルに宜しく」

「あ、マッシュさんありがとうございました」

「造作ない」


 マッシュさんが笑顔で手を振り、獣人街の方へと帰って行きました。

 こうやってちゃんと話をしたのは初めてですね。


「あ、普通に話しちゃった」


 思わず口から出ていました。普通に話していた自分に少しびっくりしてしまいましたが、きっとハルさんの元で働いているから、すんなりと受け入れて貰えたのでしょう。

 優しくて、ハルさんの言っていた通り頼りになる方ですね。

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