第36話 店長さんは今日も大忙しです

 白い壁が覆うコテージの広い中庭。手入れの行き届いた庭に置かれている壁と同じ色をした、白いテーブルセットとデッキチェアが並んでいる。壁に沿って生えている暖かな気候特有の特徴のある木々を眺めながらデッキチェアに小さな体を沈めると、ひと仕事終えた徒労感がゆっくりと流れ出て行った。

 

 襲われるはずのない仕事だった。ネインがいてくれなかったら危なかったかも知れないわね。しかし、ドワーフに憧れるエルフってどういう事? 

 道中での活躍を思い出し、一足先に帰って行った優秀で風変わりなエルフに思いを馳せた。

 

 乾いた風が重い体を軽くしてくれるように感じる。心地良く吹き抜ける風に体を預けていく。

 足を引きずるキルロに視線を移すと、椅子に腰掛け乾いた風に体を預けていた。極大の治療ヒールを使えながら、自らを治療出来ないという聞いた事のない縛り。確かにそんな治療師ヒーラーは知らないし、こいつが頑なに治療師ヒーラーではないと言い張るのも分からない事はないが⋯⋯。キルロの痛めた足を一瞥して視線をまた空に戻した。



「みんな、お疲れ様!」


 唐突に現れた巨漢の男。髭を蓄え柔和な笑みを浮かべてはいるが、強者の纏う迫力は消せてはいない。キルロの肩を親しげに叩く姿に見知った間柄なのはすぐに理解出来た。


勇者アルフェンパーティーの前衛ヴァンガード、クラカンだ」


 良く知る猫人タントが来るものだとばかり思っていた。来ると思っていた猫人タントは別で動いているとの事。この間マッシュと何か話し込んでいたが、何か関係があるのかしら⋯⋯。

 しかし、タントといいクラカンといい、勇者のパーティー所属の人間がわざわざ現れるという事は、【スミテマアルバレギオ】が本当に勇者直属のパーティーなのだと実感する。改めて事の重大さに気付かされ、これから起きる事が予想の斜め上を行く事は、この短期間で容易に想像が出来た。クラカンと話しているキルロの姿を見つめ、ハルは嘆息する。

 どうせあいつは何も考えてはいないのよね、この先どう転んで行くのやら⋯⋯。

 小さなドワーフエルフの悩みは尽きる事がなかった。


◇◇◇◇


 ハルさん達が無事に帰って来ました。キルロさんが足を怪我してしまったという事ですが、入院する程ではないそうです。落ちついたらお見舞いがてら遊びに行こうかと思います。キノも元気に帰還したし、良かったとほっと胸を撫で下ろしました。

 

 ハルさんは溜まった仕事をこなしていきます。ハルさんご指名のお客さんが押し寄せ、店内を走り回っていました。


『にゃぎゃあー!』


 院長室からたまに叫びにならない声が聞こえてきますが、みんな聞かなかった事にしています。それが大人の対応という事だそうです。助けてあげたいのですが、出来る事は限られているのが、何とももどかしいですね。


 副団長としてのソシエタスの雑務もあるようで、ギルドに顔出しに行っては、また業務に戻る何て事も珍しくなくなっていました。帰還と同時に忙しなく動き回るハルさんの姿は【ハルヲンテイム】ではいつもの光景になりつつあります。


「愛の力ね~」


 モモさんは頬に手を当てて微笑みます。


「しかし、良くやるよな」


 呆れ顔なのはラーサさん。


「実際どうなってんのあのふたり? エレナどうなのよ、キルロさんの所良く行っているでしょう」


 下心ありありの好奇心を見せるフィリシア。

 

「どう? と言われても⋯⋯特に変わらず? ですよ」


 気が付けば三人揃って好奇の瞳を向けて来ました。何がどう? なのか分からないのですよ。私はわけも分からず向けられる好奇の瞳に怪訝な顔を返すだけです。

 ただ、みんなの言葉から分かるのは、ハルさんはキルロさんの為に頑張っているという事。自分の為ではなく、大切な誰かの為に頑張る姿はハルさんらしいと思いました。


「いやいや、エレナちゃん。そればっかりなはずが、ないでしょう~」


 フィリシアがニヤニヤと詰め寄り、ラーサさんもニヤリと口端を上げます。


「だよね。それだけであそこまで頑張れるかって話よ」

「愛の力よ」


 モモさんの言葉でまた振り出しに戻りました。


「でもさ、ハルさんも変わったよね」

「そうなの? フィリシアが入った時は違ったの?」

「うーん。柔らかくなった? かな?」

「フィリシアの言う通りね。実際、だいぶ柔らかくなったわよ。私が入った時は冷たい人ではなかったけど、もっと近寄りがたい感じだったもの」


 古参のひとりでもあるモモさんの言葉は説得力があります。キルロさんと出会って、ハルさんも変わった? 私と同じ? なんてね。


 院長室の扉が開くと、頭を垂れ、疲れた様子を見せるハルさんが嘆息しながら出てきました。

 だいぶ生気を失っていますね。

 いつも大きく見える小さな肩が、見た目通り小さく見えます。大丈夫なのでしょうか? ちょっと心配です。


「ハルさん、お疲れ様です。大丈夫ですか? 相当お疲れのようですね」

「ありゃ、エレナにもそう見えるくらい出ちゃっている? 参ったわね」

「みんな働き過ぎって言っていますよ。いくら愛の力とはいえ限度がありますよ」


 私、結構いい事言えた。したり顔でハルさんを見やると、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にするハルさんの姿がありました。


「なななななななななななななななな⋯⋯何をい、い、言っているのか、かしらららら⋯⋯」

「ど、どうしたのですか?! だ、大丈夫ですか?!」

「エレナ、グッジョブ」


 激しい動揺を見せるハルさんの姿。

 私は見た事のないハルさんの姿に一緒に動揺していると、ラーサさんが親指を立てて見せました。

 モモさんは微笑みを湛え、フィリシアはシシシシといやらしい笑いを浮かべています。


「はい、はい。女性陣、店長で遊ばない。仕事戻って」

「「「はーい」」」


 パンパンと手を軽く打つアウロさんに声を掛けられると、機能停止を起こしているハルさんを横目に私達は仕事に戻って行きます。

 ハルさんはしばらく固まっていたようですが、気が付くと院長室に籠ってしまいました。

 フィリシア曰く、“動きっぱなしだったから、ほど良くリセットされたよ”って、無責任全開の言葉を笑いながら言い放ちました。本当かな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る