第539話 パスポート

 楠瀬の看破が通用しないと言う事は、逆にこの初老の男性には我々のステータスを見られている可能性が高い。


 であるのに初老の男性は我々の前に現れた。


 その事からも最悪の事態、仲間の死すら覚悟する必要があると判断すべきであろう。


「何かな老人。 我々は何もやましい者ではないと誓おう。 確かに我々が着ている衣服は珍しいとは思うがね」


 そして俺は件の初老の男性を出来るだけ刺激しない様に、しかし悟られぬ様に警戒しながら話しかける。


「いえ、お伺いしたい事は一つです。 皆様方、パスポートはお持ちですかな?」


 その言葉を聞いた瞬間我々は一斉に初老の男性へ目掛けて攻撃を仕掛けた。


 この中世のヨーロッパ然とした明らかに地球ではない世界にパスポートと言う言葉があるはずが無い。


 となればあの初老の男性は我々の世界からやってきたと考えるべきであり、私の味方であれば先程の問いに強い殺意が篭った殺気を放つ訳が無い。


 すなわち、目の前の初老の男性は我々の敵であるという事である。


「セバスチャン様、大丈夫でしょうか?」

「ええ、ボナさんのお陰で大丈夫でしたよ。 助かりました」


 しかし我々の攻撃、それも五人による攻撃はメイド服を着た一人の女性に全て防がれてしまう。


 その事実に俺は冷や汗をかく。


 先程の攻撃、俺ですら人を一人守りながら全て完璧に防ぎきると言う事は至難の技であり涼しい顔して出来る芸当では無い。


 そして何よりもボナと呼ばれたメイドから感じるのである。


 それは今まで何百何千何万と感じて来たものが我々の警戒心を一層高める。

 彼女が魔族であると。


「皆さん、安全地帯まで避難して下さい! 繰り返します! 皆さん、避難して下さい!」


 その彼女がおそらく拡声の魔術を使い周りの住民へ避難する様に声を上げる。


 それと同時に住民達はこの場から蜘蛛の子を散らす様に悲鳴を上げながら逃げ出し始める。


「み、皆様! 騙されては行けません! この方は魔族なのです!」


 目の前の魔族は何を企んでいるのか知らないが周りの住人へ我々から逃げる様に叫ぶ。


 それが意味する物が何なのかは理解出来ないのだが避難した先で悲惨な未来が待ち受けている事だけは容易に理解出来る。


 その悲惨な未来を阻止する為神崎奈緒が声を上げてボナと呼ばれていた女性が魔族であり、決してボナの言うことを鵜呑みにしてはいけない旨を叫ぶ。

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