第400話月の女神

「やっぱこの職業していると筋肉ダルマが多いせいか細身の方を見ると母性本能を擽られ、虐めたくなるわね……ふふ」

「って何で隣の席から勝手に椅子を取ってこっちに来るっすか!?」

「えー、良いじゃない減るもんじゃないし」

「こら、そう言いながら殿方の太腿に置いてる手を退かしなさいはしたない」


 そんな二人は一瞬だけ目を合わすと後は初めから示し合わせていたかの様にお互い息の合った動きでクロさんの両隣に陣取って行く。


 そしてすかさずアンジェラはクロさんの太腿に手を置き撫で始め、マルシアはそれを嗜めつつもさり気無くクロさんに胸を当てているのが見える。


 幾ら何でもこれは親友としてどうなのだろうか?と疑いたくなるレベルである。


「おや、今日は何時もと雰囲気が違うと思いましたらこんな所に月の女神様がおられましたか。これならこの雰囲気も納得です」


 そしてそんな二人に文句の一つでも言ってやろうと思ったその時、颯爽と現れ片膝を着いた吟遊詩人に右手を取られ軽くキスをされてしまう。


 この吟遊詩人は私と同様この店の常連なのだが兎に角女癖が悪く、気に入った女性を見付ければこの様にやって来て端整なルックスに甘い声と歌でお持ち帰りする嫌な奴である。


 幾ら女性から人気であり特定の女性を作らないこの吟遊詩人の女のポジション争いが裏で繰り広げられていようと嫌いな者は嫌いである。


 別に今まで一度も声をかけられた事がないのが理由ではない。


 しかし、それはそれこれはこれとしてその事に対して当然根には持つ。


 ちなみアンジェラもマルシアも何度かお持ち帰りされている事も知っているし、さり気無くだがその事も根には持つ。


「今まで貴女様の美しさに気付かなかった私は今、後悔で胸が苦しく思います。しかし、月を隠す雲は晴れた今……その眩しさで私はやっと気付ける事が出来ました」


 そして件の吟遊詩人は手に持つ弦楽器を弾きながら私に向けた愛の言葉をその甘い声で囁き出す。


 アンジェラやマルメシアに「邪魔すんな」や「失せろ」という言葉を受け続けてなお囁ける事はある意味凄い事かもしれないのだが、吟遊詩人の言った「月の女神」というフレーズに沸々と怒りが湧いてくる。


 月の女神って……このそばかすは所謂クレーターって事っすかね!?

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