第305話唯一自慢だった美貌

「お前……誰のお陰で飯を食えてると思っているんだ? そもそも貴様みたいな気持ち悪い女はもう用済みなんだよ。 こんな上玉を見付けたんだからなあ」


 アビエルと呼ばれた男性は震える身体でイルミナの前に立っている者、アビエル曰く女性をニヤリと歪めた顔を向けると思いっ切り蹴り飛ばす。


 その衝撃で蹴り飛ばされた女性が被っていたフードが取れ、そこから見える露わになった顔に周りが騒然としだす。


 その女性の顔は赤や青色に腫れており目はその腫れの影響で瞼が膨れ上がり前を見る事も用意では無いだろう。


 荒い呼吸をする口から見える歯は一本しか見えず、唇はカサカサであり明らかに昨日今日できた傷ではない事が伺えてくる。


 今までどの様な待遇をされて来たのか容易に想像が出来た為に周りが騒然とするのは仕方がないだろう。


 そしてまわりのその反応を感じ取ったアビエルは苛立ち、その矛先を先ほど蹴り飛ばした女性に向けた事に周りが気付ける程の怒りを向け歩き出すと、先ほど以上に足を振りかぶりそのままその女性に向けて振り下ろす。


 しかしその一撃は女性に当たらず、蹴り飛ばそうとしたアビエルはバランスが取れず尻餅をしてしまう。


「き、貴様! 避けやがって! 殺されたいの………か?」


 その状況にアビエルは顔を真っ赤にし蹴りが不発した事を見るからに避ける事も出来ないであろう女性が避けた所為だと怒鳴り立ち上がろうとする。


 しかしそこでアビエルは初めて気付く。


 先ほど女性を蹴り飛ばそうとした自分の足が膝より少し上から無くなっている事に。


「闇魔術段位六【医学の光闇】……あのゴミの足を斬り落とし、それを材料にして貴女の受けた怪我を勝手ではありますが全て治させて頂きました」

「……え? ……え?」

「手鏡です 。綺麗に治った自分の顔を確認して御覧なさい。 美しい顔が鏡に映っている筈ですよ」


 女性はイルミナから何処からか取り出した手鏡を渡され、そこに映るであろう既に見馴れた醜い顔を想像しながら鏡を確認する。


 そこには奴隷として親に売られる前の、女性唯一自慢だった美貌がその当時と変わらぬ美しさを彼女が持つ手鏡に映し出していた。


「あ……ああ……うう……っ…わた…私の顔……っうう」


 もう一生拝めないと思っていた以前と変わらぬ自分の顔を見て女性は手鏡を食い入る様に見ながら泣き出す。


 これからまたあの日常に戻ればもうこの顔を拝める事は叶わないであろう。

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