第21話 五人とひとりと聖なる夜 4章

 時刻はすでに、夕方四時を回っていた。桜木さんは車をコンテナの影に隠して、やや離れたところにいる、例の二人の白い軽自動車に動きがないか、じっと窺っている。

 GPSが示したここまでやってくると、二段に積まれたコンテナの上から比企が降りてきて、さっきと同じように後部ドアを開けて入ってきた。

 連中は、板を渡しただけの簡単な浮桟橋の前で、じっと何かを待ち構えている。すっかり日が傾いて、薄い闇の気配が漂い始めた頃、それは海からやってきた。

 曳船だ。大きな、とにかく大きな、シートで覆われた何かを乗せた筏を繋いで引っ張ってきたそれは、浮桟橋で停まって、顔だけはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた、ヨーロッパ系らしき外国人のおっさんが降りてきた。着てるものは遠目に見ても、俺みたいな高校生のガキが見ても、はっきりいいものだとわかるけど、おっさんの顔はどこか下品で、俺は一瞬で好きになれないなと思った。

 比企は端末を出すと、アプリを立ち上げる。

「何それ」

「諸君が来る前に、あのすぐ側に盗聴盗撮バグを仕込んできた」

 アプリを操作すると、すぐに向こうで男達の遣り取りが聞こえ出す。桜木さんに合図すると、運転席へ戻ってきた。俺達は揃って、男達の会話に耳を傾ける。

「まず代金は御用立てていただけましたか」

 挨拶もそこそこに、さて、と仕切り直したあの下品な外国人が、薄ら笑いはそのままに訊ねた。黒髪の方の男が、すまんとひと言、

「半分しか手配できなかった。ひとまず前金ってことで、手を打ってもらえないか」

 この声は、オレンジのウィッグをかぶっていたピエロマスクの男だ。そうか、やっぱりこっちがリーダー格だったか。

 外国人のおっさんは、気味が悪いほど流暢な日本語で、それは困った、と愉しそうに笑った。全然困ってるようには思えなかった。

 比企がカメラの捉えた映像を見て、こいつは、と呟く。

「ラッケンバッハーだ。中央ロシアが縄張りのはずが、こんなところで小商いとはな」

「知り合い? 」

「軍需メーカー下請けの零細配送屋。親会社の武器のセールスしながら、中古武器の仲買とか配送もしてる。パン食ってる人間の周りで、クズが落ちるの待ってる鳩みたいな奴らの一人だよ」

 戦争がないと生きちゃいけないから、些細な揉め事もどんどん薪くべて大火事にして、金を吸い上げるんだ。比企は吐き捨てるようにそう言った。

「私の嫌いな連中の一人だ」

 ハイエナめ、と心底嫌そうに比企は斬り捨てた。

 その間にも、黒髪のリーダーとラッケンバッハーは商品の引き渡し交渉を続け、ひとまず引き渡し予定だった銃の三分の一と、例のでっかい何か、これだけを置いてゆくことで落ち着いた。

「お約束では、あと二機をお引き渡しとなっておりましたがね。代金の半分を後払いということでは、うちもこれが限度です。悪しからず。本当ならこれも引き取るところですがね、まあ、私からちょっと早いクリスマスプレゼントということで」

 ラッケンバッハーは、それでは残りの商品につきましてはまた後日、と曳船に戻ってゆく。中にいた部下に、筏を切り離させて、アンプとか入れて運ぶような、でっかいキャスター付きのケースを一つ降ろさせた。黒髪と金髪は小さなスポーツバッグを渡し、引き取ったキャリーケースを軽自動車の後部ドアから押し込み、金髪の方が運転席へ収まる。

 黒髪の方は、そのまま筏のシートの塊によじ登り、てっぺん辺りでシートを剥ぎ取った。何か蓋か扉か、開いて中へ入ると、シートの小山がいきなり動き出す。

 バサバサとシートを落として身を起こし、浮桟橋のこちらへ這い上がったそれは、全身を鎧で固めた中世ヨーロッパの騎士みたいだった。

 

 マルス&ナニーニ・インダストリアル製、重装甲タイプ「チャリオット」。高出力の濃縮水素エンジンを腰に二機搭載、そのパワーで重量のあるボディに負けない機動を獲得し、文字通り戦車のような突進は敵を薙ぎ払い倒す。肩高九・六メートル、その姿は、全身を分厚い金属板の甲冑で覆った巨人のようだった。

 ちなみに会社名とかスペックは、今検索してメーカーのサイト見ました。結城が。

 その間にも巨人はゆっくりと、やっと歩けるようになった幼児くらいのぎこちない足取りで、のったのったと数歩歩いて、グッと腰を落とし据える。背中に背負ったスラスターから、すごい勢いの排気があって、そのまま滑るように走り出した。しばらく手足の動作を確かめるように蠢くと、すぐにコンテナの影に身を隠し、巨人はそのまま静かにうずくまる。

「いかん! 」

 比企がサッと顔色を変えた。後部ドアを開いて転がり出ると、運転席の窓を叩き、

「桜木警視、湾岸署と桜、芝にも知らせてくれ。奴らに都心部を通過されてみろ、大騒動だ」

「君は、連中はどこに行くと踏んでる? 」

「おそらく、山梨との県境近くにある宙の箱舟のコミューンだ。廃墟になった集落ごと、団体が二束三文で買い上げて住み着いている。あんなものを隠して足がつかない場所は、都心部にはまずないぞ」

「夕方の帰宅ラッシュや、早い時間帯の移動はないだろう。きっと動くのは深夜だね」

 桜木さんの予測にうなずき、比企はそこで俺達をチラリと見やる。

「私は残って監視を続ける。連中が動くまでに、さっきの配送屋との会話の録画データを持って、桜と芝に手配を頼んでくれ。使えるものは何でも使おう。いざとなったら、私の名を出して大浦を動かすといい。それが済んだら、戦友達を送り届けてくれないか」

 俺達はその瞬間、口を揃えてお断りだと遮った。

「俺ら残るからな」

 断固とした口調のまさやん。

「比企さん独りで残したら、捨て身でメチャクチャやるだろ」

「そんなん目に見えてるっつうの」

 結城と忠広がうなずいて、

「比企さんに何かあったら笹岡さんが悲しむよ」

 源が続いた。

「それにさ、比企さんが何をどうやって対応したのか、五人も証人がいれば、誰も文句言えないだろ」

 俺も鼻からふん、と息を吐いて胸を張ってやった。

 比企は頭を抱えて、貴君らを守り切れるとは限らんぞ、とうめいた。

「俺達の逃げ足は夏休みの事件で見てるだろ」

「比企さんは仲間を見捨てたことはなかったけど、それは俺らも一緒だからね」

 忠広と俺の言葉がトドメとなったのか、仕方ないと言わんばかりに、わかった、とため息をつくと、まずはご両親に連絡しておきたまえ、と促した。

「いつ状況が動くのかは、連中次第だ。今夜は帰れない、くらいのつもりでいてくれたまえ」  

 俺達は転がるように後部扉から外へ出た。結城が、置きっぱなしにしてあったスナック菓子と飲み物の入った袋を、ついでにひっ摑んで出る。

 比企は俺達が揃ったのを確認すると、では彼らのこと以外は、今頼んだ通りでよろしく、と桜木さんに声をかけた。

 桜木さんは俺を手招きすると、ありがとう、とふにゃりと笑った。

「小梅ちゃんをよろしくね」

 そして走り去るボックスカー。 

 

 俺達はそれぞれに、家へ電話をかけて、今日は泊まりがけになるから明日帰ると伝えた。それをしないと、比企は絶対に帰れと言って聞かないのがわかっていたから、とりあえず全員で、冬休みも近いし、期末試験の成績も思っていたよりよかったので、耐久カラオケでもしながら、冬休みの旅行についてプランを練る、ということにした。

 比企は軽々と、俺達はどうにかよじ登ったコンテナの上で、見つかりにくいように寝そべりながら小声で駄弁る。口実にしたから、というわけでもないけど、京都ではどこへ行ったものかと、ひそひそと囁くような声で、それでも俺達は大いに盛り上がった。

 六人で並んで寝転がり、比企が出した対赤外線シートを広げてかぶりながら、端末で地図と旅行ガイドを見ながら、あれこれと案を出してゆく。お腹も大判の断熱シートを広げて敷いているので、すっかり日が落ちて冷え込んではきたが、ちょっとぽかぽかしているくらいだ。対赤外線シート、これ一枚だけでかなりあったかいです。

「比企さん準備いいな」

 まさやんがそう言うと、比企はいつ何があってもおかしくないから、と答えた。

「大概のものは持ち歩くようにしてるんだ」

 なるほど。そういえば俺も、この前の一件から、アフダルさんにもらったライターを何となく持ち歩いている。比企は意識的に、徹底してそれをやっているってことか。

 ポテトチップスの袋をパーティ開けで開いて、小声でしゃべりながら手を伸ばし、全員でバリバリ食っていく。今度の旅行では、祇園の町屋を破格の安さで一軒丸ごと借りられたが、当然食事は自分達で作らなくてはならない。食事のたびに外へ出たり、出来合いの惣菜を買っていたのでは出費も嵩むし、たまにならばともかく、道中ずっと買い食いではさすがに味気ない。台所があるのだから、全員で作って食べようと決まっていた。

「冬だと何がおいしいの」

「鱧? 」

「岡田君、残念だがそれは夏の魚だ」

「あ、うどんうまそう」

「パン屋多くね? しかも当たりしかない予感」

「京湯葉ってどんなん」

「あと湯豆腐だってさ」

 いやあ、食い物の話って盛り上がるよね。

「笹岡さんなら、ショコラティエのチョコレートやぜんざいなんて喜ぶのではないかな」

 比企が源にニヤリと笑ってみせる。うん、何であんなに女子って甘いもの好きなんでしょうね。

「私は牡丹鍋が好きだ。そういえば鍋は簡単だと、桜木警視が言っていたな。具を切って食べながら、継ぎ足して煮るだけでいいとか」 

 お母さんかよ!

 そういえばさ、と結城がいつものように緊張感のかけらもない調子で豪速球を投げ込んだ。

「比企さんは桜木さんのことをどう思ってるの」

 比企はあっさり答えたものだ。

「監督官」

 そりゃねえよ! 

「…桜木さんかわいそう…」

 そのうちなんかプレゼントしよう。ここまで報われないと、なんかほんと、不憫に思えてきた。

 仰向けになって空を見れば、満点の星空。こんな状況じゃなくて、かわいい女の子と二人きりとかだったら、そりゃあロマンチックな感じになるんだろうけどさ。だけど生憎、俺が今一緒にいるのは、親友四人と、世界最強のおっさんの魂を持った女子だった。

 ひそひそと駄弁っていると、八時をだいぶ過ぎた頃、桜木さんがチャットルームに書き込んできた。

「青海へ渡る橋二本と、有明、晴海、月島と、そこから築地に入る橋三箇所に検問敷いたって。全箇所配備完了、いつ動いても対応できるってさ」

 忠広が読み上げると、比企はそうかとうなずいたけど、あんまり期待はしてない様子で、開発メーカーのサイトで、あの機動ユニットの基本構造図を見ていた。

「何見てるの」

「あのデカブツ、エンジンを潰さずにどう制圧するか、弱点を探してるんだ」

 やっぱり手足をもいで、うなじのエマージェンシースイッチを作動させるしかないのか、と言って、比企はシートの下で伸びをした。

 やだ何その無理ゲー。

 程なくして桜木さんが戻ってきた。コンテナの屋根に登っている俺達をマーカーの位置で見つけて、すぐに合流する。

 

 日付を跨いでちょっと経った。そういえば明日、じゃなかった、今日ってもう二十三日? え、やだ早くね? もうそんなになってるの。あと一週間で今年終わっちゃうじゃん。しかも明日って、まさやんの妹の誕生日! 昨日、あの取調室見学ツアーのあとで、どうにか稲荷前の甘味処へ駆け込んでケーキ頼んでおいた俺ら、大正解。

 不意に、フシュウウウウ、という微かな音と、ふわっと生温かい湯気が漂ってきた。

 いよいよ動き出したのだ。

 比企は風のように走り連中の前に立ちはだかる。両手にご自慢のスチェッキンを構え、左右を走り抜ける軽自動車のナンバープレートと、巨人の如き機動ユニットの両脚に二発ずつ撃ち込んだ。いや、相手は人間じゃないんだ、九ミリパラベラムなんか豆鉄砲にも劣るのじゃないのか? それに、動きを止めたいなら、あのでっかいロボットはともかく、軽自動車の方はタイヤにでも当てれば十分いけるだろうに。

 俺達がコンテナから降りて追いつくと、比企はよしよし、とほくそ笑んだ。

「よし、じゃないでしょ。行っちゃったじゃん」

 俺が訴えると、比企は大丈夫だと笑い弾倉を交換した。

「さっきのあれはGPSマーカー。二発ずつ撃ち込んでいるからな、信号が拾えず追いきれない、なんてことは起こるまいよ」

 なるほど。いつものことながら、打てる手は全部打っていくこの姿勢、いかにも比企だ。桜木さんはマーカーの動きを地図アプリで確認しながら、車に戻りエンジンをかけた。足回りを考慮したのか、さっきのボックスワゴンではなく、自前のGT–Rだ。比企は俺達の襟首を摑んでコンテナから順々に下ろすと、GT–Rのシートに押し込んだ。

「では桜木警視、戦友諸君を頼む」

 え、と驚くいとまもなく、比企はそのまますごいスピードで、それこそ自動車のようなスピードで、機動ユニットが走り去った方へ駆けていく。その間にエンジンをかけていた桜木さんも、すぐにその後を追って車を走らせた。

 後部シートでぎゅうぎゅうに収まってる結城、まさやん、源、忠広が、どうにか両手足を突っ張って踏ん張る。俺が助手席でシートベルトをつけた、その瞬間に急加速で走り出し、Gがかかって軽くのけぞる。タコメーターとスピードメーターが、明らかに一般道では出ちゃいけない数字を指してるんですが。

 俺は見た。桜木さんは俺達が全員シートに収まってベルトをつける間に、アクセルとクラッチとブレーキ全部ベタ踏みで、回転数上げながらギアを入れ替え、トップに入ったところでブレーキとエンジンブレーキを開放。いきなりトップスピードで走り出したのだ。どこのカーアクション映画だ。

 その間にも、ヨロイと軽自動車のマーカーは青海からレインボーブリッジを渡ろうとしている。橋の手前で待ち構えていた検問所は、機動ユニットが軽く蹴り付け殴っただけで、バリケードはあっさり破られてしまった。ダメじゃん。

 青海に入ったところでどうにか、GT–Rは爆走する比企に追いついて並走した。いや待て、時速百キロ以上で走る自動車と並走って、こいつの体はどうなっているのか。

「まだ勘付かれてはいないようだな」

 不意に比企の声が聞こえた。そういえば、チャットルームを開きっぱなしだったっけ。音声通信で、比企がこちらに呼びかけているのだ。俺は端末をダッシュボードのホルダーに据えて、マイクとスピーカーで全員がやりとりできるよう設定した。

「どうやら芝浦へ抜けるようだね。あそこには桜の第一自動車警邏隊の基地がある。まさか目の前を走る大胆さなんて、持ち合わせてはいないだろうけど」 

 桜木さんが懸念を口にすると、比企はふふんと笑った。

「そこまで腹が据わった相手なら楽しめそうだがな。さすがにそんな大物だったら、こんな国で燻っちゃいないさ」

「またそんな不謹慎なことを! 」

 たしなめられたけれど、事実じゃないかと比企は歯牙にも掛けない。

「自動車警邏隊があるからね、ベイブリッジを渡るとは思っていなかったんだ、みんな。芝浦からは日の出経由で都心へ入るか、田町から抜けるか。君はどう見る」

 桜木さんの言葉に、連中の目的次第だなと比企は答えた。

「単に拠点への移動だけが目的なら、神奈川方面へ抜けて多摩川沿いに多摩地区へ移動する方法もあるが、」

「あるが? 」

「何らかの示威行為も眼中にあるなら、千代田のお城も移動ルートに含めるだろう。考えたくない展開だけどな」

 さすがに俺達もざわついた。そんなことが起これば、いまだに世界のあちこちで紛争が絶えない中、唯一百年の平和を維持している日本だ。天地がひっくり返ったような大騒ぎになるのは目に見えている。いうたらテロリストが皇居の前を、武器持って走り抜けるんだからね。

 まあ、そうはならないだろうけどな、と比企は低く言った。

「最悪の展開も頭に入れておかないと、いざというときに動けない。現実はいつだって、こちらの予想の斜め上をいくんだ」

 連中、このまま大人しく山へ帰るだけならいいんだけどな、と続けると、先に行く、と比企は断って、電柱の上へ飛び移り、そのままひらひらとビルの屋上へ飛ぶ。

「さあどうする君達。このまま帰るなら今のうちだよ」

 桜木さんがF1レーサーばりのドラテクを見せながら、愉快そうに訊ねた。

 誰一人「帰ります」なんて言わないであろうと、微塵も疑ってない口調だった。

 当然、俺達の返す答えは決まっている。

 

 比企はGT−Rのずっと先、葉を落として枝だけになった街路樹のてっぺんを蹴って進んでいく。そのもっと前には、あのでっかいロボットと軽自動車が、たまにすれ違う対向車も何のその、堂々と走り抜けていく。

 桜木さんは、連中の姿がギリギリ見える程度の距離を保って後を追っていた。

 追いかけるのはいいんだけど、何せ場所がよくないからね。市街地、それも中央官庁が密集してる丸の内がすぐそこだもの。下手なことして正面からあれとぶつかるのは、何としても避けないと。つまり。

 連中がひと気のない地域へ抜けるまで、じっと見ているしかないということだ。

 幸い、連中は手に入れた武器を持ち帰ることを最優先にしたようだった。ベイブリッジを降りると、芝浦から田町駅、泉岳寺駅、品川駅を通過する。そのまま高輪方面に進路を変え、目黒、池尻、代田を経て、井の頭線沿いに吉祥寺へ出た。今度はそこからJR中央線に沿って、西へ西へ。

 どんどん住宅が増え、すぐに緑が増えて、やがて住宅よりも畑や雑木林が多くなってきた。端末画面の地図を見れば、町名表記は「日の出町」。思えば遠くへ来たもんだ。真夜中の郊外を、巨大ロボと軽自動車と、走り屋垂涎の名車、それに自動車と同じスピードで赤毛の少女が走るというシュールな光景は、でも俺達もまたその当事者なので、どんなに珍奇なことになっていようと、それを目撃することができないのが残念なところだ。世の中ってままならないな!

 緑の中に埋もれるように点在していた住宅もすぐに姿を消し、山梨方面への道へ入る。片側二車線、広くてそう悪路というわけではないけど、時折大型トラックが上り車線を行くぐらいで、しんと静まり返った山道だ。

「頃合いだな。足を止めてくる」

 比企はそう言って、GT–Rを追い抜いた。ほんとにあいつの体はどうなっているのか。

「やだコワイ! 」

 源が悲鳴をあげると、比企はケラケラ笑いながら、何せ私は山育ちだからな、と軽口を叩いた。

「街暮らしでは体が鈍って仕方ない。ときにはこのくらいの運動がなくては困る」

 そのとき、機動ユニットと軽自動車のマーカーが動きを止めた。比企が持っているマーカーとほぼ重なっている。

 ついに始める気だ。桜木さんは慎重にGT–Rを走らせた。

 神殿の柱みたいな、ぶっとい脚の間を縫うように車を走らせると、その三十メートルくらい向こうの車道のど真ん中に、比企が仁王立ちしていた。

 何でこいつは、こういうポーズがやたらと似合うのか。

 桜木さんが少し離れた路肩に車を停めたのを確認して、比企はふっ、と息をついた。

 無言の対峙。でも、それは長くは続かない。軽自動車から金髪を刈り込んだ男が降りてきて、おい、と比企に怒鳴った。

「邪魔だ、車道で何してやがる餓鬼」

 早くどけ、と言いかけて、そこで何かに気づいたように口をつぐむと、すぐにはっと思い至って、男が叫んだ。

「お前あのときのっ」

 そして後ろに立つ機動ユニットに向かって大声で告げる。

「銀行で邪魔に入った奴だ! 」

 その言葉を合図に、巨人が身構えた。手甲のように手の甲までを覆う装甲の隙間から、何かを抜き放つ。それを見た結城が、うげえ、と呻いた。丸い先端に棘がついた槌だった。あんなので殴られたら、自動車だってバラバラだ。

 比企は当然逃げなかった。

 実に愉しそうに、満面の笑みを隠さない。すう、と軽く片手をあげて、ずっと被りっぱなしでいたハンチングの鍔を撫でた。

 特殊鋼の鎧で身を固めた巨人が、いきなり猛スピードで近づき、槌を大きく振りかぶる。今までも結構な危険がたっぷり降りかかってきたけど、今回こそコレ死ぬんじゃないだろうな。やばいってやばいってまじで! 

 俺は比企の死を覚悟した。

 まさやんと忠広と結城はしっかり抱き合って、ことの次第から目を逸らせずにいた。

 祖父さんっ子祖母さんっ子の源は、やおら手を合わせ般若心経を唱え出した。

 その一方で、運転席の桜木さんは、血の気の引いた白い顔で、唇を噛み締めハンドルをきつく握りながら、じっと推移を見守っていた。

 目が離れてくれない俺達とは違う。桜木さんは、何があろうと見届けるのだと覚悟して見ていたのだ。

 静かな、場違いなほど静かな比企の声が、繋ぎっぱなしにしていたチャットルームの回線越しに流れてきた。

乾元山かんげんさん流体術、七宝玲瓏斬しちほうれいろうざん──貴様ら如き蒙昧もうまいの輩が、掌教しょうきょう五千年の玄妙を味わえるのだ、身に余る栄誉に震えやがれ」

 ひと息で距離を詰める巨人。

 比企が散った。

 いや、死んだ、の隠喩じゃない。文字通り散ったのだ。

 比企と比企と比企が空中でトンボを切る。比企と比企が左右でグッと踏ん張って半身に構える。比企と比企が前傾姿勢になり、その、全部で七つに弾けた比企が、腕を振り抜いた。

 衝撃波が起きた。

 どん、というすごい振動。捲れ上がったアスファルトの亀裂は真っ直ぐ巨大な機動兵器に向かっている。がん、ともばん、ともつかない、凄まじい破壊音がして、巨人の右腕がもげた。膝にもダメージがきたのか、ばちばちと回路がショートしたような火花が散っていて、左腕と左脚の関節は、派手な煙が上がり始めて、すぐに右脚を残してへし折れ、ボロンともげた。そのすべてが、瞬きひとつするくらいの、わずかな間に起きていたのだけれど、それだけでは終わらなかった。

 比企が宙を舞っている。真っ直ぐに巨人の胸倉を狙って飛び込んでいく。高々と頭の上で両手を組んで。

 飛び込んだその刹那、思い切り振り下ろした。

「喰らえ! 」

 さっきの衝撃波の比じゃない、もっと凄まじい音がした。ばごん! と鈍い、けれどその分内部にまでダメージが届いていそうな、そんな音だ。

 比企はそのまま、巨人の肩から首っ玉に取り付き、うなじの辺りの装甲の隙間に手を突っ込んだ。ばしゅん、と胸の装甲が外れ落ちて、アスファルトを割り突き刺さる。一瞬で丸裸になったコクピットに収まっていた黒髪の男は、何が起こったのかまるで理解が追いつかないといった風で、ただただ呆然としていた。比企は男をシートからひっぺがして、そのまま首根っこを摑んで、軽々と地面へ着地した。

 呆然としたままの男を桜木さんに引き渡した、そのとき。

 一瞬で見るからにくたびれた軽自動車が、比企に突進してきた。轢き殺すつもりなのか。

 ヤケクソのように突進する車を、比企はひょい、と片脚だけで制圧した。タイヤが空回りして、すぐにゴムが焼け焦げる嫌な臭いが漂いだす。桜木さんが黒髪の男を受け取って手錠をかけたのを見届けて、比企はスチェッキンを抜いた。

 ボンネットに一発。軽自動車はそれだけで、ぶしゅう、と煙を立てて動かなくなった。

 普通にドアを開けるような感覚でもぎ取り、運転席から金髪の男を引き摺り出す。そいつは小さく、ひい、と悲鳴をあげ、ダンゴムシみたいに丸まった。

 

 桜木さんの知らせで、赤いランプぴこぴこ光らせたパトカーが、わっさわっさとやってきた。男達はすっかり怯え切った目で連行されていく。特に金髪の男の方は、筋肉質の体を縮こまらせ、ブルブル震えて啜り泣いていた。

 パトカーが来るまでの間に、比企がいささか手荒な情報収集をしていたからだ。

 金髪男の唇にひきつれのような傷跡があるのを見た比企は、晴れやかな笑みで胸倉を摑み、お茶とコーラどっちが好き、みたいな気軽さで訊ねた。

 ──なあ、歯医者って拷問知ってるか。

 途端におこりにでもかかったように震え出し、男は啜り泣き始めた。そして何かに急かされるように、ペラペラと思いつくまま、比企の反応を窺いながらしゃべり続けたものだ。

 桜木さんは、険しい顔で黙ってその様子を見ていた。

 あー、まあ、うん、言いたいことが一万個ぐらいあるんだろうな。わかる。

 とりあえず連中を、駆けつけた警察に引き渡して、俺達は朝を待って始発電車で帰ることにした。責任者の警部さんだったか、うちまで送ると言ってくれたけど、オールで遊ぶと親に電話した息子が、ど深夜にパトカーで送迎されて帰ってきたとか、ご近所の噂と親のパニックしか生まないので。

 桜木さんと比企は、俺達が電車に乗るのを見届けてから帰ると言って、一緒に朝まで居残ってくれた。

 山の中の、だだっ広いばかりのロータリーと、二十四時間営業じゃないコンビニが真ん前にある五日市駅の階段で、俺達全員がぼんやりと、自販機でホットの飲み物買って啜りながら、何となく座っている。俺やまさやん、源、忠広と結城は下の方で。比企は上の方でホットのミルクティーを啜っている。桜木さんが缶コーヒーを買って戻ってきた。俺達と目だけで軽くうなずき合い、真っ直ぐ比企の隣に座る。そういえば今日って、二十三日になったってことは、これはクリスマスのイブイブ? で合ってる? もう混乱しちゃって、それどころじゃなかったもんね。さっきまで。

 だけど今はまず、がんばれ桜木さん。

 もうこんな危ないことはしないでよ、と桜木さんに釘を刺されて、比企は無理だと、いつものように返す。

「だって私は探偵だからな。しかも勅命をいただいてしまった。辞めたくても辞められない。辞めるときは死ぬときだ」

「だからって、こんな体張ったやり方でなくたっていいでしょ」

「よくはない。マル勅探偵には、他で扱いきれないケースしか来ないんだ。さっきのあれだって、日本にあんなものを制圧できる装備を持ってる機関がどのくらいあると思ってる。市ヶ谷に協力を要請してる間に、取り返しのつかないことになりかねなかっただろう」

「でも小梅ちゃんの安全は」

 誰が考えてくれるの、と桜木さんが厳しい口調で問いただした。

「そんなもの、事態の収拾の前では問題じゃないだろう」

「問題だよ! 見てる僕らの身にもなってよ」

 比企はあっさりと、じゃあ見なければいいだろう、と切り返した。

「見ない自由というものがある」

「見る見ないじゃないよ。見てられないのに目が離せないんだよ! 」

「難儀だな」

「他人事だと思って。何でかわかる? 」

「わかるわけないだろ」

 即答。ひどいな比企さん! 

 桜木さんは深くて重いため息をついた。

「ほんっと小梅ちゃんはさ、そういうとこだよ。──好きでもなけりゃ、そんなことにはならないんだよ」

 すっごい小声だったんだけどね。すんません、ど深夜で、山奥の駅で、誰もいないもんだからね、全部聞こえてしまいました。だけど俺達、その辺は聞こえなかったふりをするぐらいのデリカシーはあるのよ? 

 で、比企はどうしたんだろうとね、気になってチラッと横目で窺ってみれば。

 比企は、何が起こっているのかまるで理解できないという顔をしていた。スペースネコチャン顔になってますけど!

 そりゃねえよ比企さん! 

 あと桜木さん、すげえがんばったね! うん、これはもう慰労会やらないとね!

 ほんとにもう、この二人どうなっちゃうんでしょうね。

 あさってからの旅路が思いやられて、俺達は揃って密かにため息をついた。  

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