第二百五話:アルメリア邸・1-1
伏魔殿なんて、考えてみれば失礼な内心だったなと、リプカはそのことを思い直していたのだけれど――アルメリア邸はリプカたちにとっては実際、伏魔の御殿であったようだった。
(――――うわぁ……)
リプカは見覚えのあるその光景に、顔を顰めて手で表情を覆いたい気持ちに駆られた。
見覚えがある――見覚えがあり過ぎた。
アルメリア邸の使用人、皆、奇妙に。
まるでアンヴァーテイラの存在を避けるように、余所余所しい態度をとっていた。
もっとはっきり言えば……忌避された存在を見るように。そうしたくてそうしているのではないことが、はっきり見取れる態度で。
(これ、私の実家……?)
一瞬、本気でそう思ってしまったくらいに既視感のある光景であった。
「すみませんね、こんな感じで。分かると思いますけれど、こいつらも好きでこんな態度であるんじゃないんですよ。ねえ、シャーネ」
「マジ勘弁してください、アン様」
アンが使用人の一人の肩を抱き寄せるようにしながら言うと、割とマジなトーンの軽口が返ってきた。
リプカは悲しい気持ちになるよりも先に、外部から見るとこんな感じに見えるんだ、という感情深めの所感を抱いていた。
ヤバい光景だな。
こんな景色を皆に見せてたのか。
感想を抱いたその後で、アンへの同情心が顔を出したのだけれど、当のアンはといえば、まるでこれが当たり前であるような、気楽の様子であった。どうしたらそんな調子でいられるのか、心配を思うことが阿呆らしく思えるみたいな、悲壮感とは無縁な変わらぬ気楽さである。
ワルツの言っていたことを理解する。
正気?
言いたい気持ちは分からなくもないけれど、――しかしリプカの感想はまた違った。
(強い――……)
意気揚々な精神の自在、その強さに呆気にとられる思いで、リプカはアンの在り様に刮目していた。
そんな伏魔殿アルメリア邸、伏せられた魔こそ待ち構えていたお家ではあったが、造りの美しさでいえば、独創的な優美に目を見張る、とても素敵な邸宅であった。
わざと道に迷いやすくした造りのようでその実簡素なデザインは、来客者を高揚させるに優れた造形美であった。遊びなく研ぎ澄まされた造詣センス、しかし見た目にユーモアを内包しているおかげで遊び的ゆとりを見る者に見せる。不思議の造詣、リプカは計算され尽くされた技量に脱帽する思いであった。
(……もしかしてエルゴール邸って、結構広い……?)
なんて、そんなことにも気付きながら歩く道中は楽しかった。
楽しかった。
――そう、楽しんでいたのだろう。緊張しながらに、その一方で、このときは楽しんでいた。すぐ
「あら」
なんでもない廊下を歩く中のことだった。
前方から、その言い難い響きを有した声が聞こえてきたのは。
「アンヴァーテイラじゃない」
見れば。
そこに、僅かアンヴァーテイラの面影を有した女性が立っていた。
――美人だな、というのが、二番目の印象だった。
アンと同じブラウンの髪は色彩確かで、目を惹き美しい。顔立ちも美しく、研ぎ澄まされながらもケバさのない自然な容姿は、物語の姫君を思わせる美があった。
それが二番目の印象。
――リプカはアンを我が身の後ろに隠そうと反射的に動くところであった。
侮蔑。
軽視。
疎い。
苛立ち。
それら蔑視とは根本の異なる、あえて言うなら殺意に似通った、鋭い熾烈の視線がそこにあったからだ。
何をどう考えても敵対的な視線で、うやむやのない研ぎ澄まされた害意が、『熾烈』の文字通りに燃え立っている。
人が人をここまでの感情で見据えることができるのかという目付き。蔑視という次元が陳腐で他愛ないもののように思える情であった。
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