第二百一話:Waltzより遊舞なワルツの鍵盤・1-1

 ここに至っての気構えである、赤面するほど恥じれど、ただ自分の幼さに恥じ入るばかりという愚に陥ることはなく。

 それはそれとして置いておいて、リプカはその後も、アンヴァーテイラがはかってくれた機会を生かすことだけを考えて順調に頑張っていた。



「アリアメル連合の景色は、どこも本当に綺麗です! この景色は一人一人の意識無くして成り立たないものでしょう。あの、いったいどのようにして、この素晴らしい景色を存続させてきたのでしょうか?」


 人々の回答は――。



「んー、法律……?」

「法律だから、かな?」

「ハイっ、ゴミはすてちゃいけませんっ!」

「教育水準の高さが一役買ってる」



 などなど。



「法律は強いよー、やっぱり。――あ、でも、もしゴミをポイ捨てしてるような人を見かけたら、『えぇエエエ……!?』って思っちゃうなぁ。これは法律とは、関係ないよね……? うーん――」


「ゴミはすてちゃいけませんって、お母さんともお父さんとも、おじいちゃんともおばあちゃんとも約束したっ! だからダメっなんだよ!」


「六歳から申請で学校通えるの。そう、戸籍があれば誰でも。ほとんどの子が個宅校舎からスタートするんだけど、その通例もまた情操教育に一役買っていると思うわ。んでね、六歳から八歳まではそれなりのお金で通えて、それ以上の歳も四年未満であれば『都市機能職務』に就くことで学費がほぼ免除になるの。夢を追うってならまた話が別だけれど、機能職務なんて就くのにそんな苦労はないでしょ? 奨学制度も充実してるし、ずっとタダで通うような人だっている。勉学環境の充実、その差だと思う。――ん? そうそう、領域に一つは学習院があるの。図書館としても解放されていて、外来者でも三等類までの資料を閲覧できるはずよ。興味があったら寄ってみたら?」



 といった具合であった。


(学校教育の身近……。確かに、この住宅街でも『学校申請住宅』の印があった個宅校舎のお家を見たけれど……システム自体に変わりはないのかな? アレは経歴不正が横行し過ぎて、ウィザでは形にならなかった試みであったはず。それが実現しているんだ……。高等学習院への進学率も高そうだな)


「ワルツ、あなたも学校に通っていたりしたのでしょうか?」

「そんな時代もあったかな。ああ、そういえば、私もさ、子供たちに教え事をしたくてね、個宅校舎の審査を申請したことがあるんだけど、認められなかったんだ」

「教育機関がきちんと機能しているようでなによりです」


 はたまた――。


「アリアメル連合での暮らしはどうですか?」


 この問い掛けへの返答はどれもはっきりしていた。



「良いよ!」

「まあ、良いんじゃない? うん、充実してる」

「気に入ってるわ。昔よりずっと良くなったと思う、私にとってはね」

「人によってはノイローゼになりそう」



 などなど。



「人との距離が近いからさ、他人と距離取って生活したいなって人には向いてないだろうね。ノイローゼになりそうっていうのはそういう意味、あたしは充実してるよ、ここの生活。人と距離取りたいって奴の大抵はアリアラグナ領域に移り住む、昔はここがそういう場所だったけれど、今で言えばアッチだね。――ん? ああ、それは…………以来ね。物流だけが進歩してさぁ、随分と物静かな街だったらしいね、昔は。――んで、刺激が欲しいって奴はラーディクス領域に、目新しいモノ好きだったり陽気なのが好きなのはシィライトミアやらアグアキャナル領域やらに向かう。一口にアリアメル連合っていっても、やっぱり色々あるよ」



 ウィザ連合内のことすらオルフィア領域しか知り得ないリプカにとって、思わず「なるほど」と唸るような声が漏れてしまったほど、目から鱗のお話であった。


「貴族社会において、度の過ぎた距離の近さという問題が度々見られるという話を聞きます。それについて皆様、どう思われますか? また、どうしてそのような問題が、然るべき声の大きさで取り上げられず、放置され続けているのか、そこのご意見を窺いたいのですが――」



「それは」

「君」

「隣を見ればいいよ!」

「答えがあるでしょ?」



 これに関しては、答えは皆一様一色、完全に揃ったものであった。

 話題が政治事なのでそこまで会話を繋げられた機会は少なかったが、その全てに隣を指差すという明白な意見が返ってきた。



「でもさー、スキンシップと商談的交流の場所でのセクハラは違うよねぇ」


「ワルツは、相手が決定的に嫌がるかどうかというラインの見極めが上手なんだ、だから冗談で済まされる。ゴミクソのような価値観だが、だがね、そのような接し方に寛容な精神風土が根付いているというのは確かにあるだろうね。ああ、一応言っておくと、セクハラはセクハラだ、訴えれば勝てるぞ、君。しかし、貴族社会の交流の場となるとねぇ……」


「本当にあるのかなぁ? 良い噂は聞かないけど、噂で判断するのはよくないよね、本人に実際の話を聞いたっていうのならともかく! んー……本当だとしたら、まあ、よくないことだよね。なんかヤだなってふうにも思う」


「お貴族様の考えなんて想像つかないけれど、ワルツみたいな人が社交界の場所にいると考えると……そんな馬鹿なって思っちゃうわよね。――お尻を揉まないで、腕を折るわよ」



 リプカは思わず頭を抱えたくなってしまった。


 なぜマイナス要素な齟齬で、上流階級とされる貴族社会のほうが世間ズレしているなんてことが起こるのか。


 コモンセンスの品位も高水準なこの国で。


 それともそのようなことは、実はよく見られることなのだろうか?



「その問題が放置されている要因は……、まあ、雰囲気ってものがあるのかもね」



 といったふんわりとした見解が、実は的を射ている可能性も否めない。「歴史の重さ」とでも言うべき巨大な虚構図を予感して、リプカは思わず、知的生命体とは何ぞや、なんて戯言ざれごとを考えてしまった。



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