第百九十八話:アルメリア領域

 パレミアヴァルカ連合側から足を運んだ異国人を迎えるさかえの地、ルーネイト領域に見られた特徴は、「これぞ水の国か」と来訪者を感嘆させる、水とモダンが織り込まれた美しい街並み、テーマとするところが見た目に分かりやすい象徴的景観であった。


 一方でシィライトミア領域は、高低差が出迎える不思議の造りと、その先へ進めば「リアリティ」とでも表明すべきデザインが広がる、空想と超現実、対となった二種類が幻想的景観を魅せる、対比のグラデーションを意識したような新しいテーマで造られていた。


 そして、アルメリア領域は――可愛らしい花々が、本当にそこかしこで咲き乱れるお伽話のような景観で、それが水の匂いに満ちた平地の、見渡す限りに続いていた。凹凸といえば水の道に架けられた石橋くらいのもので、また土地があまり余っていないはずのアリアメル連合において、美しく花々が咲く野のままの地も見られる。


 クラシックな造りの、素朴で美しい街並み。しかし言い方を変えれば……それは少し田舎な景観であるかもしれない。


「ルーネイト領域近辺や領域の中心部なんかは、もっと凝った、石畳の美しい景観なんですけれどね。ここらの辺りはまあ、いて言うなら、野に広がり自由気ままに咲く花々が見どころといったところでしょうね」


 先程からいくつか会話を交わしていた御者の女性が、苦笑気味な朗らかで話してくれた。


 日はもうすでに日の丸の形で昇り、朝方の透明な空気もだいぶ薄れていた。

 忙しく荷を運ぶ業者しか見ない朝方の空いた道にリングホースの馬力であるので、それなりの速度で巡行していたはずだが、やはり通常であればこれだけの時間がかかるのかと、リプカはあの異様な突破速度をふと思い出して、苦笑を漏らした。


 朝方の太陽光が空気に馴染む頃合いの、皆も目覚めて活気の見えた時間を迎える頃には、野のままの土地も見えなくなり、堅牢の造りを重視した石畳と水流の道が形作る花の街を望むに至った。


 そして街中が完全に起き抜けた頃、なんでもない街中で馬車は停車した。


「到着です。足元にお気をつけて」

「ありがとう」


 長旅を終えて、リングホースがひと声、いなないた。


 膝に頭を乗っけたアンを起こしにかかる。「アン様、到着しましたよ。起きてください」と意識に届くように声をかけて軽く揺さぶったけれど、「あ゛ー」という濁った寝言しか返ってこない。


 すると、そんな様子を見取った御者の女性が御者台から降りてこちらへ歩み寄ってきて、そして客車の扉を開けると、アンの首根っこを掴んで引っ張り上げて、頬をベチベチ無遠慮に数度はたいたのだった。


「起きな、到着だよ」


 目を点にするリプカの前で、アンは「あー……」とか細い声を漏らしながら目を覚ました。


「ふぁーぁ。……あぁ、なかなかいい時間に着きましたね。ご苦労さん。あ゛ー身体痛てえ」

「さっさと降りなよ、この後がつかえてんだから」

「あん? ライラ、あなた貴族付きの御者に選ばれたとか言ってませんでしたっけ?」

「私は街中で馬引いてたほうが性に合ってる」

「はぁん。好事家ですねぇ」


 二人雑談しながら、馬を降りて。


 御者の女性はリプカへ丁寧な礼をした後、御者台に戻り帽子を引いてもう一つ礼を示し、アンへ一つ後ろ手を振って次の場所へ走っていった。


 欠伸を漏らしながら適当に手を振り返していたアンへ、リプカは感心の視線を向けた。


「アン様は本当に、友人が多いのですね」

「別に多くはないです。――なんか悲しくなる種の感心だなおい」

「ふぐゥ……ッ!」

「んじゃ、行きましょっか」


 アルメリア領域の中心部に近い街並みは、ルーネイト領域ともシィライトミア領域とも違う、空想物語の舞台に選ばれそうな趣きがあった。

 静かで、堅固で、街並みの生活がゆっくりと流れているような。


 情景というには地に足を根差した景観の見えるこの地で、私は何を知るのだろうかと――リプカは僅か緊迫しながら、その一歩を踏み出した。


 天使でも、預言者でもなく、人間として頼った聡慧の少女と、今日は歩幅を合わせて。



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