第百九十三話:答え・1-1

 不可解だったこと。


 どうして、彼女はそこまで頑なに、生きる道を拒むのか。


 消えることを迷いもなく選び取る、まるで自死を望んでいるような――。


 だがシュリフの内情を深く知れば、彼女が死にたがりの症候群でないことくらい、分かってくる。それをあかりにして暗がりを望めば、辺りに見えてくるのは……現実の景色、ごく単純な事情を予感する景観であった。


 道無き道にまた一歩を送り出す、彼女の選んだ道。希望という活力が歩ませた限界点まで歩を進めて。


 そして辿り着いた果てに、その現実の景色ともう一つ――その特別な演算の眼が、きっと、情報という情逢をかき集めた懸命を媒介として……、奈落の先さえ鮮やかに望ませた。


 未来の予測さえ貪欲に期待しながら進んだのかもしれない、彼女ならそれもできることだろう。


 そうして、もうできる範囲のことを試した後であるというのなら――。

 これ以上は、矜持が損なわれる範囲であるから……それを止めたいと思うそのことは、ごく自然なこと。


 それを我儘が過ぎると言えるほど、リプカは自己主義ではなかった。


「私たちは……一応の成功を見る?」


 賭けの報奨として得たその情報の、行く先を問うと、シュリフは静かに頷いた。


「クイン様の発案に孕まれた問題は、このテレイグジスタンス素体が成り立つ情報を元に、想定とは別口の解釈へ辿り着くでしょう。けれど……私が目覚める際は必ず、出生人格であるミスティアが傍にいなければならないという制約が関係して、その運命路はほとんど確実のこと、私の予期した未来に導かれる。それは、リプカ様、私は嫌なのです」

「…………」


 リプカはシュリフの頬へ手を滑らせ、その表皮を、肉の内側を想像するようにもしながら、また撫でた。


 肉と機械のうつわ


 リプカはまだ信じられないでいた。とてもじゃないが――。


(だって――本当に、人間に触れる感触と変わらない……)


「今日の後、フランシス様からもう一度、連絡が入ることでしょう。提示した治療法の改良案を伝えるふみで、それはこれ以上のない完成された解答です。成長するバイオヒューマノイド――そしてそこれこが、私が辿り着けた限界点。の、少し先の景色です。


 絶対の観測とは現象の解明とそのままイコールですが、それを発展させるためには観測とは違う能力を必要とします。私は言った通り、地の頭に関してはあまり優れていなかったから、中途半端に成長を実現できる器という地点までしか辿り着けなかった。


 この人形を作り出せたのは、アンヴァーテイラと出会った少し後のことです。彼女の助けはそもそも、その事のために必要としていました。しかしもうボロが出始めている、肉体の成長機能が死にゆくどころか、亜綱性あこうせいシナプスの信号制御機能すらも失われ始めている。脳髄神経路を掌握する性能を乗せることなど夢のまた夢です。私には辿り着けなかった」


 そうして喋るシュリフはやはり、変わったところはあっても、外見上はどう見ても人間という生き物にしか見えなくて。


 このうつわだって、遥かな空想の産物であるはずで――その信じ難い超現実を実現するためには、想像するに、及びもつかない桁数の、べらぼうな金銭が必要なはずなのに。


 そう、その器を、


 話の筋を読み取るに、その懸命は自身の能力の淵を覗くような試みであったはずで――魔法のような都合の良さで物事が進んだとは思えない。一度きりの機会でたった一体だけを作り上げるわけではないのだ。



 フランシスの明示した金額よりも、十数段は落ちるとはいえ。

 それでも必要となる経費の莫大は、一貴族の懐事情では到底、及ばないものであったはずだ。



 けれど沈んだ熱のない脳髄は、どうしてか、冷めて冴えていて。


 空の向こうを望めば、ウォーターダウンの塔が見える。


 アルファミーナ連合の超技術がふんだんに織り込まれた街の造り、未知の技巧を望める場所。【断崖線】という問題を克服するにあたっての超回答――致命的な停滞を解決したその手腕は見事であるが、莫大な資金、当時どこからそんな金銭が宛がわれたのかと、ふと疑問に思ったことを、リプカは思い返した。


 奇妙なほどに冷えた頭が、この旅の記憶を浚うようにして、一つの像を結ばせる。


 リプカはその答えを口にした。



「【スカイ・イルミネージュ】……」




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