【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
"最後の最後、人間が願うそのこと"・1-3
"最後の最後、人間が願うそのこと"・1-3
「――――掛け替えのない大切な人、または誰かと、確かな絆を築きたい、結びたいという考えでしょうか? それを、叫びのように願っていた」
窺いながら声かけられた問いに、シュリフは少し考えてから、そのように答えた。
すると――リプカは言い難い情を微笑みの形にして、首を横に振った。
「――いいえ、ミスティア様。私があのとき願っていたのは、それとはまったく別のことでした」
「…………。どのようなことだったのでしょう」
「私があのとき考えていたのは――ただ心の底から、声を上げて泣いてしまいたいということでした」
「誰にも邪魔されず――心底から泣いてしまって、それで全てが終わってほしいと、本気で思っていたんです。ただそれが願いだった。それすらもできなかったけれど……ずっとずっとそう考えていました……」
「…………」
「闇が晴れることはない。
疑うことなく、いつの日かきっと、フランシスと仲良くなれると信じていた。でもそれと同じくらい……私には何も起こり得ないのだと、絶望していた……。
だから、あの日の奇跡は、本当に奇跡としか言いようのない幸いで。信じられないくらいに世界を鮮やかにした日の光は、本当は、期せずして訪れた霹靂だったのです。
――ねえ、ミスティア様。貴方様がこの世を去ることを選択する、その理由を私は知りました。――けれど、その選択の道先は、貴方様の存在を本当の幸いだと思っている者にとって、辛すぎるのです……。
奇跡が訪れて人生に日の温かさが射したのに、後から、やっぱりあれはなかったことにしてくださいねと言われるような現実なんて、あまりに辛すぎる。仕方のないこともあるけれど……生きる道が残されているのであれば、そちらを選んでほしい――。
お前たちの期待なんか苦いだけだ、というのなら、それはもう仕方のないことです。不自由を呪うことだって、きっとある。それは誰が悪いわけでもないし、誰かが何か出来ることでもない、止めることはできません。
シュリフたるミスティア様はどうでしょうか? セラ様のお心を、どのように思っておられますか……?」
「…………」
――今までの中で一番小さな笑みの表情で俯きながら、シュリフはしばし黙した。
黙して。
言葉を噤んで。
沈黙して――。
そして長い時間を経て、シュリフはぽつぽつと、言葉を紡ぎ始めた。
「――
「…………」
「リプカ様は、どうしてそのとき、ただ心底から泣いてしまいたかったのですか?」
「――どうしようもなく、悲しかったから。何もかも上手くいかない中で、もうどうしようもない悲しみを抱えてしまったら、きっと人は、せめてもの権利として最後にそれを望むのです。その事実を世に置いていきたいと願う。せめて、それだけは、自分として、私として、最後に、そして最後にしてくれと。自分が何に悲しんでいるのか、はっきりと確かめるために。自分であったその感情を確かめるために……」
「…………」
「けれどこの世というものはそれすらもなかなか許してくれない。抱えて生きていくだけです。でも、本当は、悲しいんです。それは確かなんです……」
「どうして、私にはその感情が観測できなかったのでしょう?」
「きっと、それは……貴方様にとって、『死』とは『明日』であるから。『死』が『終点』である私たちとは根本的に異なる。貴方様はあまりに多くを視渡せるから……この世を輪廻とか、悠久の循環であるとか、
言いながら――リプカは気付きを浮かべた。
「これは私のお話しでしたが……もしかしたら、セラ様だって、そうなのかもしれない……。――アン様が仰っていたことが、今初めて、理解できた」
心が視える瞳を持っていようが。
持ち得る能力が抜けて優秀であろうが。
――生きてるんですよ、私たちは。だから弱みも抱えている。それは自然なことです、そうでしょう?
「私たちは、そんなにも不器用で、賢くなんかない一個だから……」
「…………」
とうとうシュリフの表情から、初めて、笑みの形が消えた。
微笑みの
シュリフは立ち上がり、リプカに背を見せて、広くが見渡せる高所からの景色を望んだ。
「――風の温度の色合いが、一つ一つの行動を教えてくれる。運ばれてくる音が、演算を確かにする。空を見上げれば雲の形や速足がこれからのことを物語り、地を見下ろせば無数の息遣いが予兆を告げる。世に溢れたる情報の膨大は未来を視るにはあまりに
安全柵の手すりを掴みながら、眼下を見下ろした。
「――私が消えた後、流れた血が止まり消失の傷も癒えることは、私が人の強さを見誤ったことでしょうか?」
「いいえ、人は乗り越えられる。そうでない場合もあるけれど……多くは。けれど、ミスティア様。その
「…………」
「そしてミスティア様、貴方様が隣に共にあれば、もっと前を向けるのです。だって、そうであれば果てなく心強いから。だから、選び取れるものなら――!」
「…………」
「十数年も箱庭でぽつねんとしていた女が、せっかく出会ったその人と――私でさえ貴方との別れが、こんなに寂しい。セラフィ様たちが抱える悲しみは推し量れない、そうでしょう!? 私を見て、観測して。そして――貴方を大切に想っている人たちが抱く悲しみを、その眼で、視て……」
「…………」
「……フランシスが。フランシスがいなくなったらと思うと……。私は……。…………。貴方様の矜持も理解できます、この先は貴方様だけが選び取れることです……。でも、
追い詰めるようなことを言ってすみません。
ズルであることを承知しての、それでも告げたリプカの慮りにも、特別、反応を返さなかったけれど。
望める景色から振り返ったシュリフの表情には、いま再び、軽やかな微笑みがあった。
「……――お話、ありがとう。たくさん、考えることがありました。――次の場所へ行きましょうか、リプカ様」
「はい、ミスティア様。まだ日もありますから、ゆっくり参りましょう」
シィライトミア領域の、未だ蒼く高い空の下。
手を繋いで、再び共に歩き出して。
目を瞑った少女は、もう何時もと変わらない微笑みの表情で。
隣にあるのに影のように息のない不可思議な希薄で、曖昧に存在しているように感じた。
その素肌からは、人らしい熱を感じない。
冷えてはいないのに冷たい手。
そんな独特な手の温度にも、そこから彼女という存在への愛しさを感じることを、いったいどうやって伝えればいいのだろう。
リプカは見上げずとも見渡せるアリアメルの空を見ながら、複雑であるはずがないのに難解な人の難しさをふと、考え思った。
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