【妖精的基盤症状】・2-2

「大勢の前で目を開けないというのも……貴方様の、特性の一つでしょうか?」

「ええ。【妖精的基盤症状】は、シナプスの活性における異常といえる流動経路の変質現象ですが、逆に言えば普遍で使われるいくつかの経路が欠け落ちるという意味で。超常的な尖りこそ際立って上質に映りますが、その実、【シュリフ】はほとんどの場合、欠落箇所のほうが多く見られる低質であったりします」

「……なるほど」


 どうしたって理解できない内容にとりあえず相槌しながら、頭の使う場所が普通とは違うのだろうかと、まあなんとなくの理解で推し量った。


「【シュリフ】とは」


 目を開いている時と変わらぬ歩みを見せながら、シュリフは主張を強調した声を発した。


「つまるところ、一卵性一単体の、。肉体こそ単体ではありますが、私たちは確かに別の存在です。私たちは生後からおよそ半年から一年半の年月を経て生まれる人格で、脳神経が発達する頃合いまで、この世に存在自体がありません。


 最も有名であるのは【アルメリアのシュリフ】ですが、しかし実は【妖精的基盤症状】自体、歴史に散見される病名であったりします。多くは妖怪として語られる。聞いたことがありませんか? ある日、体のどこかにこぶ、または痣ができて、それが本人にしか聞こえない声で喋り出すという怪談を。――そう、それは【妖精的基盤症状】の観測例から生まれた噺です。正確には、現代においては人格が完全に隔離した症状を【妖精的基盤症状】と呼び、兄姉あにとと意思疎通を図れる症状はまた別の病名で呼ばれていますが、さておき、そう、この話だけを聞けば、【シュリフ】とは人間であるようにも思えます。


【シュリフ】が病名であるその決定的なわけは、生後十数年が経つ頃に、生まれの声を世にあげた兄姉あにとを喰ってしまう、その性質が由縁であるでしょう。欠けた能力を求めるべく、兄姉あにとの使う脳髄神経までも支配しようという試みが生体現象として実行されてしまう。そんなこと僅かも望んでいなくとも」


「…………」


「一卵性一単体の後天双生児と言い表しましたが、これが世に認められていない微妙なところは、つまりそこにあるわけです。隔離性同一症との違いは『心の働き』という“精神”の分離か、『脳髄神経の働き』という“物質”としての分離かという一点を論ずるところですが、しかし現代の科学では、アルファミーナ連合の先進をもってしても、それが証明できないわけです。心が先か脳髄の挙動が先かという、卵とニワトリみたいな問題――。また物質としての証明が成されたとしても、生後半年近く存在が無い点に着目すると、それが確固たるであるかという点は、また論じられるところでしょう。


 話が少し脇道に逸れましたが、以上が、世間に明かされた【シュリフ】という存在についての事です。――ここからは私の考え」


 もったいぶることなく特別語調も変えず、手を繋ぐ彼女は続きを語った。


「【シュリフ】とは、人間の可能性を示唆する、一つの段階であるのでしょう」

「段階……?」

「生命輪廻の試行錯誤、二足で立ち上がり脳髄のだいを確保した生物類のが目指した新しい指針。その針の向きを表す一つの示唆です」

「……すみません、分かりませんでした」

「進化の方向性というお話しは、さして重要ではありませんから大丈夫。ここで言いたいのは、私たちは明らか、中途半端であるということです。試行錯誤は適した形を成さず、残念ながら生物類の輪が目指した一つの構想は、無数の進化の可能性その中でも一際輝くものにはなれなかったかも」

「――つまり、……どういったことでしょうか?」

「そんな可能性の存在の一つとして、私はこの世を精一杯良く生きることができたことに、一つの生命としての満足感を得ているということを言いたかった」

「――――……」

「一個の存在としての話をするのならです」


 隣を歩くシュリフは穏やかな声色で、リプカの強張る手を変わらぬ加減で握っている。


「『“一個に特化する意味”』――【シュリフ】という生物類として生まれた私が、存在として良く生きたという確かな手ごたえを感じているということです。特異点でありながら他者とえにしを繋いで生きたことは大変に誇らしいことです、指針の一存在として、この世で意味を発揮し存在を全うしたように感じています。そして『一個類存在としての満足』の話を述べておいて、真逆のことを言いますが……それ故に、【病名】として人を喰うことは望まないことであるのです……。


 ――さて、皆のことを考えた話に移りましょう。

 これは、もう、一言で言い表せます。



【シュリフ】という異存在から見て、彼等、彼女等は、それほどに弱くなかったから。



 それが理由の全てです。


 私がいなくなって刻まれる傷がどれほどであろうとも。歴然の観測事実として言える、きっと大丈夫。人間は弱くなかった。それがシュリフの観測結果。


 無責任といえば、無責任なのかもしれません。その感慨は私には分からないものだけれど、観測を統合して考えるにつまるところ、そういうことであると思う。けれど、それを踏まえても私は、【病状の爆弾】としてこの先、存在していくことを否したい、胸を張った【シュリフ】の姿として消えたいのです」


 初めて語られたシュリフの胸の内に――。

 リプカは、考えの整理が口端から漏れそうになりながら、しばし、だんまりになってしまった。


 シュリフが薄目を開けて、透けるような笑顔で、リプカを窺った。


 そして――。


「…………」


 俯き、口元をきゅっと引き締めて、リプカは――――。


「――――――嫌だ」


 ただ一言、幼子にしか許されない類の、唯我独尊の憮然調子で――自分の意見を押し付けるように、駄々を言うみたいなその答えを告げた。


 シュリフは噴き出した。


「そんな、ご無体な……」

「私だって、ご無体だって思うもん」


 幼児退行の様子すら見せて、リプカは濁りも躊躇もなく言った。


「嫌」

「嫌ですかぁ」

イヤ

「そっか――」


 シュリフは目を閉じたまま、空を見上げた。


「ならば私の達成感は、確かに、間違いなどではなかったのでしょう。生まれてきて、よかった」




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