第百八十六話:大馬鹿者の答え――Stupid Answer.――

 ウォーターダウンフィールドがシンボルとして聳える街並みは、今日も今日とてbrand new colorの特別トクベツで描かれて、明るく賑わっていた。


 さて、しかしシュリフはといえば、馬車を降りた所にも、そしてロコが指定した場所にも姿がなく、また悪戯妖精のように飛び出してくるに違いないと気を張って、まもなく結構な時間も経ち、二人、街中の喫茶店で首を傾げていた。


「待ち合わせ場所は、ここで間違いないんですよね」

「そのはずですが……」


 まあ、遅れることもあるか……。


 それとも――何か問題が生じたか。


 リプカは冷や汗をかく思いでいたが、一方でアンは、それからまた焦れる時間を待つうちに、別の意味の嫌な予感を抱いた、怪訝な表情を浮かべ始めていた。


「なんか――なんか嫌な予感がしませんか……?」

「え? ――何か、問題が起こったのでしょうか……?」

「いえ、そうでなくて――。なにか――――凄く嫌な予感がする――……」


 リプカの焦燥に対して余裕のない切迫を見せて、アンは実際、冷や汗だか脂汗だか分からないものを垂らし始めていた。


 まるで幽鬼を見た猫。尋常でない様子に、リプカの関心もそちらに向く。


「嫌な予感。イタズラじみたという意味で?」

「イタズラじみたとか、そんなレベルじゃない。なにか、――なんだか――あの女に感心を寄せたことが致命的であるように思えてきた……。馬鹿を見る展開が……待っている、いま訪れようとしているような――」


 アンの予感は正しかった。


 呼吸さえも緊急時のように細くして、アンは慎重に立ち上がった。リプカも戸惑いながら席を立つ。


 辺りを窺う。

 やはり、シュリフの姿はない。


 ――――ただし、代わりに、この辺りで誰かを探してるらしい一人の女性が目に留まった。


 戸惑いに似た、少し切ない情を浮かべて、その女性は静かに歩を進めながら、辺りを窺っていた。


 腰下まで伸びた青髪。貴族然とした服がとてもよく似合う気品を備えながら、可愛らしさも見える容姿。刀剣などが似合いそうな颯爽とした姿は優れたるものとして目を惹いた。


 年頃は、アンヴァーテイラと同じほどであった。


 ――リプカもここに至って嫌な予感を、とてもとてもとても抱いた。

 いっぱいすぎて、抱えきれないくらいに。


「あいつマジか……」


 茫然を通り越した声、臨界点に達した呆れの声色はただただ世界に浮かんだ泡のようで、人は信じられないあらゆるモノと対面したとき、きっとこの音を発するのだろうと、リプカはこんな状況であるのに心の隅でそんな冷静なことを思った。


 彼女の瞳が、こちらの――アンの姿を捉えた。


「アンヴァーテイラ……」


 旧懐、哀愁、切なさ。――――少しだけ褪せた色の愛しさ。


 そんな情のこもった声にも反応できず、アンの浮かべる表情は変わらず、信じ難い……唖然……茫然……。


 青髪の彼女が歩み寄ってくる。


「…………」


 リプカはもう耐え難く、そこに居てられなくて、アンの背をポンと叩くと、静かにその場から離れたのだった。


 アンが口漏らす罵倒が後ろから聞こえるかとも思っていたけれど、彼女はただただ茫然冷めやらぬ有り様で、目元を手で覆って俯き、棒立ちになっていた。


 いったい、シュリフはアンヴァーテイラの、どのような反応を期待したのだろうか……?


 リプカはかける言葉もなく、速足にその場を後にした。



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