【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
第百八十二話:死の幻想へ死の現実を伝えて。
第百八十二話:死の幻想へ死の現実を伝えて。
「あのチビスケ、少しは良くなりましたか?」
少し用があり部屋を出ると、部屋前の廊下で雑誌を読みながら、アンはそこにいた。
リプカは思わず微笑みを口端に浮かせて、廊下に寝転び雑誌から目を離さないアン、それからアンに付き合うように座布団を敷いて座っていたオーレリアに声をかけた。
「ええ、だいぶに落ち着いて、午後には随分と快復する見込みとのことです。一時的な熱とはいえ、今日一日はやはり安静に過ごしたほうがいいみたい。お二人、午後の時間、少しサキュラ様を見ていてほしいのですがよろしいでしょうか?」
「はい、任せてくださいまし」
「しょーがないですねぇ。まあ雑誌を読むついででいいのなら」
「ありがとう。……それは何を読んでいるのです?」
「『あの人を落とすための14選――ティーンエイジャーラヴァーズ11号――』」
「私のは、『あの人との距離の詰め方21選――グランドラブ9号――』ですね。なかなかタメになりまして」
「い、色々あるのですね……」
ふと二人の脇に二、三冊積まれた本を見れば、そこには家庭医学に関する書籍も混じっていた。『幼年児童への看病の手ほどき――急な発熱から歳の病まで――』というタイトルが見える。
「――二人とも、ありがとう」
「あ、はい。あなたが礼を言うことではありませんよ、うん」
あ、これはアンは読んでないな、もしくはオーレリアが持ち込んだものをパラ読みした程度だな――なんてことを察しながら、リプカは連絡事項を告げた。
「だいぶ落ち着いて眠っておられますから、ひと眠りしましたら頭痛のほうもだいぶ楽になるだろうということです。目を覚まされましたら、お待たせしました、お二人もお部屋にいらして、気分が落ち込むのが一番よくないということなので、賑やかにお話でもしましょう」
「しゃーない、昨晩の話の続きでもしますか?」
「エゲツないのは無しにしてくださいましね……」
「…………?」
「リプカ様、サキュラ様のお食事のご用意でしょうか? 私に任せてくださいまし、持ってまいります。――アン様、手伝ってくださいな」
「えー。いいよ」
「では受け取ってきますね。――はい、お水も。かしこまりました。ほら、アン様」
「あのチビスケ、復帰したらそれなりの貴金属類買わしたろ。――オーレリア様そこ右です」
二人、他愛もない雑談を交わしながら、廊下向こうへ歩いていった。
(すごく仲良くなってる……)
互いを測りながらもしかし、段々と近づく距離感。そんな二人の打ち解け方を見て、リプカはほんわかと心温めた。
自分もそう出来たらいいな――。
そんなことを考えながら、二人に言伝も済んだところであるし、すぐに部屋へ戻った。他に済ませておきたいこともあったが、発熱までして体調を崩したまだ小さい子供から、少しでも目を離すことがどれだけ危険であるかは知っていた。看病することになったなら、山を越えるまでは、できる限り人に任せることも避けて付きっきりで。その程度の常識はあった。
火の元のことも後にして。何かの本で読んだなぁなんてことを思い返しながら、――よく考えれば近衛の方に頼んでお宿の手伝いさんを呼んでもらって、あるいはお手伝いさんへの言伝を頼んで、食事の用意をお願いしたほうがよかったなと、そんな当たり前に、今更気付いた。
エルゴール家の屋敷では、誰かに何かを頼むなんてこと、できなかったから。
隔絶の箱庭、その影の娘の意識から欠け落ちている、いくつかの常識的な思考。
(少しずつそういった常識にも慣れておくべきなのだろう。世間ズレにいいことなんてない、少なくとも私の場合の、大きなズレにおいては、顕著に――)
――そのことが少し怖い。
リプカはまた少しだけ己の無力に恐怖しそうになったが――眠るサキュラの安らかな顔を見ると、どうしてか心を苛む恐れがフッと消えた。
幼い顔に僅か浮いた汗を、羽で触るみたいにそっと拭う。
そうしてお世話していると、まるで芯が通ったように心を安定させる熱を持つ不思議な情が、いつの間にか自身の内に満ちて広がっていた。凪いだ情の熱に満たされ、ツマらない恐怖など気付けば失せていた。
存在意義みたいな形の情動を意識しながら、なるほどこれが『人の営み』という、人間の尊みに触れた力かと、なんだか人間存在のそのものに触れたように思いながら、リプカは微笑みを浮かべて、その熱をくれたサキュラの手をそっと取った。
――その少女が『死』を語ったことを忘れられない。
もしかしたら年のいった者よりずっと死に近しいかもしれない年頃の少女の語り、そこにあった感性。
その生々しさ、若年故の純粋、それ故の哲学――。
対して、それを聞いたのは、ある意味死から最も遠い場所に位置する少女。
死が一つの幻想である者へ、まだ死に近しい存在から語られたメッセージ。
漠然から輪郭を帯びた壮大へ変わり。幻想と、一つの現実としての側面を持ち合わせるに至って。少女からの明示が、リプカをより真剣にその問題へ向き合わせた。
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