【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
第百七十九話:この青く輝く想いを貴方へ――。・1-1
第百七十九話:この青く輝く想いを貴方へ――。・1-1
早めに着いた本日のお宿で、しばらく自習して待っていると、アズナメルトゥが急ぎ足で帰ってきてくれた。
いつもの明るさの中に少しだけ疲れの色が見える彼女だったが、傍にいるだけで嬉しくなる生粋の陽気は少しも陰るところがなくて、リプカは
労いと感謝の言葉を伝えて、二、三お話しして。それからはアズの執る勉学の時間となった。
「ぬあああ」と心の中で叫ぶような激切、脳を絞り出すような使い方をした時間を過ごせば、いつの間にやらお外はとうに藍の暗がりに包まれていた。
アリアメル連合はウィザ連合と比べて照明器具の数が多い。夜に程々の光が灯ると空のような藍色になるのだな、などと思って外で涼んでいると、パカラパカラと馬車が到着して、中から――ヘロヘロの少女が危うげな足取りで降りてきたではないか。
「あー、リプカ様ー。こんばんわです、みへへー」
「をッ!? ちょっ――、ミーナあなた、酔ってるの!?」
トスとリプカの胸内に飛び込んだミーナは頬を上気させてフニャフニャの表情を浮かべていて、リプカは思わず表情を青くした。
ミーナは酔っ払いがそうするように、意識の定まらない妙な笑顔の前でフリフリと手を振った。
「いやー、飲んではないんですけどぉ、お酒の匂いに当てられちゃいましたぁ……!」
「ほ、本当に!? …………」
思わずスンスンとミーナを嗅いでみたけれど……、酒に似た良い匂いがするような……。
「なぁいですよ、貴族の社交界でムリヤリ
「そ、そう……、そっか……。――お疲れ様、中で休む? それとも外でしばらく涼みましょうか」
「いえ、報告することがあるので中に入りましょうか」
そのときだけ瞳の焦点を冷静にして、ミーナはそう告げた。
千鳥調子な少女の手を取って、足元に注意しながら、一緒にお宿に入った。
「ミーナ……体温がやけに高いのは……お酒のせいじゃなくて……?」
「うぅうぇへー(笑)! 私、お酒の匂いだけでこうなっちゃうんですよねー」
「そ、そうなの……」
おそらくのこと裏側的な側面を持つ機関の構成員がそれで務まるのだろうか? と疑問に思ったけれど、妙なハイテンションではあったが意識は割かしハッキリしているらしく、リプカへ割り当てられた部屋に着くとすぐに、手を引かれるまでもなく昨日と同じような位置に腰を降ろし、報告の姿勢を取った。
リプカも対面で座って、先んじて気になっていたことを尋ねた。
「ミーナ、なんだか今日は不思議な装いですね。その衣装はいったい、どういったものなのでしょう?」
「あ、これですか? コレは海向こう、アヤセの国の礼節服で、着物というものです! もっとも、アルファミーナ連合のセンスでだいぶに手を加えられたものなのですが」
ミーナの着ている服は、なんと言えばいいのか……。バスローブを礼節服に仕立てたような衣服? とでも形容すればいいのか、とにかくあまり類のない形の、明るい雰囲気を見せたワンピースであった。
活発な印象を与えるオレンジ色の生地の異国羽織、下はスリムなズボンの脛あたりを見せる長さ、上は下着の衣服をカジュアルに魅せる胸襟の開けたスタイルで、これを社交界で着ていったとあれば、かなり目立ったことであろう。
「こういう衣服も、受け入れられるものなのでしょうか?」
「立場によりますね。私はエルゴール家の遣いという立場ですから、多少カジュアルでも基本が成っていれば受け入れられます。噂程度に聞いた知識ですが、本場アヤセの国では下に衣服は着込まず、この『キモノ』一枚で完成したコーディネイトらしいですね。さすがにそれだと奇抜が過ぎるので、ルーメリア大陸では、こんなふうにアレンジが加えられたということのようです」
ちょいと立ち上がってその場でクルクルと回るミーナの、その活発がとても映える衣服のヴィジュアルは、社交界の品格に耐えうる程度の落ち着きを備えながらも、とても可愛らしい印象を見る者に与えた。
「とても良く似合っていますよ、ミーナ」
「みへへ、ありがとう」
ミーナはほの赤く浮かした頬ではにかんで笑った。
「おっと、報告報告……。――さて、少し大変なことになりました。落ち着いて聞いてくださいませ、リプカ様。どうやら先日、セラフィ様がお倒れになったという話で……原因は過労であるようです」
「……はい。その話は聞き及びました」
「えっ!? ど、どうやって……?」
思わず素っ頓狂な声を上げたミーナへ、リプカは、今日シィライトミア領域の大聖堂でアンからそのことを聞いた経緯を話した。
「……諜報屋って、いったいどこのどなたなんだろう。私もそのことは今日やっと確証を得られたところなのに……。――あぁそうか、シィライトミア家の……」
「確証を得られたということは、先日の時点でそれについての推測を立てられる程度の情報はあったのでしょうか?」
「はい、しかし報告するには証拠が曖昧すぎて……。ごめんなさい、報告したほうがよかったですかね?」
「いいえ、私のことだから
「みへへ……! ――それからですね、一つ気になったお話がありました」
「気になったお話……。――聞かせてください」
「はい、これは歓談の中で聞くことができた、セラフィ様の武勇伝についてのお話です。
あるときの社交界で、強盗たちが社交界の盛況に紛れて金品を奪おうと屋敷へ押し入った、というのが話の導入でして。途中の話は
強盗は相当に物騒な装備を用意していた。それを見たセラフィ様はガードも含め皆を制し、躍り出たそうです。そして戦いとなったわけですが――相手の手斧、弓、ベルトナイフはカスるどころか空を切るばかりで、セラフィ様は抜いた剣にも触れさせることなく身を躱して、強盗たちを昏倒させたとか。
さすがに尾ひれだろうと思ったのですが、この武勇伝、けっこう有名なものらしくて。実際見たという者が口を揃えて語り讃えたというのだから、信憑性も少しは出てくる。リプカ様であれば分かってもらえると思いますが、明らかに戦闘用に用意した武器が、抜いた剣にも当たらなかったなんてこと、ちょっと考えられません。相手方もまずまずの手練れであったことは想像つきます、手斧はともかく、弓に、ベルトナイフ(ベルトに仕込める刀剣。だんびら刀)ですよ? そんなキワモノ使用するなんて、素人ではまずありえない。にも関わらず、まったく当たりもしなかったなんて……。
なにかあるなと直感しました。戦闘の玄人であるリプカ様が分析しやすい情報だと判じましたので、報告いたしました」
「――素晴らしい判断です。ありがとう」
まるで魔法のような戦闘センス。底の見えないアリアメル連合流の不可思議だが、リプカには思い当たる事情があった。
(つまり、心を視る瞳が成せる技……)
「……あれ? なんだか、それにもすでに、当たりがついているみたいな……?」
「え、ええ。実はそれについて関わる話も、今日、聞き及んだところでした」
「……ミーナ、いらない子?」
「そんなことないです。ミーナにはとても助けられてます!」
本当です、という言葉の代わりのように、リプカはミーナの手を握った。
ミーナは「みへへ」と笑うと――今度こそリプカにとって、衝撃である報告を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます