第百七十六話:怪奇現象が語る化物の理屈
ところで、「セラフィは超能力者である」という驚愕の事実を明かされたのはつい先程のことだというのに、その衝撃が早くも薄れ始めていることに、リプカはふと気付いた。
(衝撃であるはずのそれが、他のありきたりと混じり始めている……)
つまり、どうやら――フランシスの優秀やクララの柔和、クインのハチャメチャやアズナメルトゥの輝きといった、ごく自然的なその人の印象と同じように、セラフィの異能についても「それがセラフィの個性」と自身の認識が納得を下していた、ということであるようで。
その飲み込み方に驚きを覚えたが、しかしよくよく考えてみると、それも自然な成り行きであるように思えてきた。
確かに超能力者とは驚愕であったけれど、どこかで予感していたことも一因にして、あのとき語られたアンの所感に納得を抱いた部分もあり、そこに『筋肉は超能力だった』という肩透かしに熱の上がった頭も冷えれば、あの時点での会得も十分理解できた。
改めて考えた末にも、まあそういうこともあるか……と、認識の理解に、首肯を示す考えを抱いたリプカだったけれど。
しかし。
そうなると、『セラフィに夢を見すぎ』というアンの話も無視できなくなってくる。
なにが言いたいかというとだ。
(私は箱入りの娘のまま、未だ感性変わらず世界ごとズレている視点でモノを見ているのではないか……?)
という、恐れを抱いたといった話であった。
で。
そんな感慨を抱いて今この現状を見ると、その意味が僅かに新しい視点で見られた。
新王子の三人が、今ここにいる意味について。
(この三人方は、理由の一つとして、私のピントを合わせることを目的に遣わされたのかもしれない――)
だがそうすると――やはり、サキュラの存在だけが他の二人とは異質に映る。
視点のズレたピントを合わせるのではなく、ズレた場所にピントを向けさせることを目的としているような――。
サキュラをアンに任せて(歪んだ顔を向けられた)、二人の少し後ろをオーレリアと並んで歩きながら、リプカはそんなことを思索していた。
「見なさい、サキュラ嬢。馬鹿の考え休むに似たり、と言いますが、お一人様の馬鹿や天辺張ってる馬鹿はどうしても、一人で考えなきゃならない時があるのです。これ、結構重要な社交訓ですよ」
「あ……。似たようなことは、教わったかも……」
まるで動物園の獣を指差すようにしながら述べたアンの戯言に、リプカはカクリと体勢を崩した。
「ば、馬鹿とは酷くないですか、アン様」
「そう……でも、リプカは馬鹿じゃ、ないよ。間違えたアンがバカ……」
「知性の働きが鈍いこと、利口でないこと。または、真面目に取り扱う値打ちのないこと。どちらの意味も満たす必要があるかどうかというのが論点ですね。――つーか喧嘩売っとんのかこのチビは」
「うー……」
声口調も挑発的に揶揄したサキュラを、形だけ力を込めて顔面を五指で掴んで握り絞めるアン、そんな剣呑呑気な様子を眺めながら、リプカは頬を掻いた。――分かりにくくも、頼れるときは人を頼れと言われているのは理解できた。
「アン、
「腕みじけー。腰までしか届いてませんよ」
反撃のポコポコパンチを喰らわせるサキュラにクスリと笑んで、隣を歩くオーレリアがリプカを仰ぎ見た。
「お悩みがあったら聞かせてください。それが独り言であっても」
「ありがとう、オーレリア様。――シュリフたるミスティア様について、少し考えるところが……というより、単純に彼女について、考えていたというか」
「どのような人となりであるのだろう、といったように?」
「まさにご指摘の通りでして、そのことについて考えていると、いつも最後はグルグルと、考えが円を描いているようになってしまって……」
「確かに、掴みづらい人となりだと、私も思います。他の誰よりも、彼女という人柄の像は見えづらく思うけれど……そもそも、人柄の像というものに、僅かも実像があるのかどうか。――それでもその姿を見据えたいということでしたら、私からお話できることもございます」
「――ぜひ、お願いします」
「では……。
――あれはいつかの会話です。
本当になんの気ない談話だったため、話に至った背景などは、覚えもおぼろげで、また重要ではない故に、ここでは省略いたします。
人について、また人外という存在について、という話であったと思う。
それにおいての、彼女の語り――。
――オーレリア、独りぼっちというのはね、人が他の誰とも関わらず暮らしてゆくことではないのです。
人は人と隣り合いあらずとも、他の動物や虫たち、あるいは木々や大地を隣に感じて、それを所以に心を世界に置くこともできる。あるいは人が作り出した創造物や、創作に心を置くこともあるでしょう。
真の独りぼっちというのはね。
それら世界の何をも隣に感じずに生きてゆくということなんです。
それは人間ではありません、あなた方が怪物と呼ぶそのもの。
私はそれです。オーレリア、私はね、人間ではないのですよ。
彼女は、そのように語り述べました――」
「…………」
少し冷えた指先を動かす。
少し――。冷たい感覚は少しだけだった。
「オーレリア様は、それを聞いて、どのように受け止められましたか?」
「人の道理はそれだけにあらずと考えました」
言って、オーレリアはリプカの瞳の中を見つめるようにした。
「今のことを話しながら、やっと貴方様の考えが理解できた。そう、貴方様は最初から、答えを見出していたのでしてね」
「それが意味を成す目があるのか、そのことが少し、不安でした」
「大丈夫、とは言えません――。けれど、声をかけることはできる。リプカ様、夕方にも先刻ほどのようにお時間を頂けませんか? 実はもうすでに、夕刻の説教も都合があれば私が執りますと、話はついておりまして」
――そういえば、オーレリアが説教の終わりに「夕方ほどの説教にもぜひ、お時間ありましたら、足をお運びください」と述べたとき、傾聴席に小さなどよめきが起きていた。
あれはもしかしたら、再登壇の機会を告げる言葉だったのかもしれない。
そう考えながら、リプカは笑んで、頷いた。
「ぜひ」
「では、夕刻前にまた大聖堂へ向かいましょう。それまで、このせっかくの機会を、存分に楽しみたいです」
「ええ。――そう、色を添えて。きっと忘れられない思い出にしましょう」
「オラっ、向かってきてみろヒヨコ。忘れられない思い出をお前の中に刻んでやろう、この底無しの悔しさを添えてな」
「うぅー……っ!」
「アン様っ!」
伸ばした腕でサキュラの頭を押さえて、つっかえ棒のようにしたリーチ差で距離を測りながら一方的に煽るアンへ窘めを向けたリプカは、やはり子供部屋付きメイドのようだったけれど――ついこの前まで外の世界を知らなかった少女にとって、それはそれで掛け替えのない、確かな友情の在り方であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます