口付け――人外証明・1-4

「え……。あの、クイン様……?」

『ああ、すまんな、連絡を入れたことは正しい行いである、褒めてつかわす。ただ……それは予想の範疇だったのでな、つい声が漏れた』

「予想の、範疇……? ど、どうして? どうやって――」

『どうしてシュリフとやらの未来視とやらが崩れ始めたのか、その理由――自分で考えてはみたのか?』

「はい、少しですが整理がつきました」

『言ってみろ』

「ええと……。今日のことが、ミスティア様の予期の、外にある事情であったことを推論したとき、光が射し込んだような情感が訪れて……そして、フランシスのことを思いました。フランシスによって未来視が崩され始めたのだと、そう直感したんです。根拠もないのに、確信に近い思いを抱いたのは何故か。――どうしてか、それは私が、フランシスの性分というものを、確かに知っているからだと直感しました。あの……考えられたことは、そこまでです」

『オメっ、つまりなんにも分かっとらんじゃろがッ! 直感に直感を重ねただけで、何も出来上がっとらんだろ!』

「す、すみません……!」

『まあいい。――それは、そう複雑なことじゃあない。アルファミーナ連合からフランシス何某の遣いが寄越された時点で、この展開は予想できていた』

「ど、どういった理屈なのでしょう……?」

『迷ったら、物事の最初の最初から辿ってみるという方法は、試してみたのか? ――なら、お前は思い起こした? アリアメル連合に来てから、その地点から遡ってないか? ――物事の最初の最初から辿るときは、物事の、最初の最初から、思い返せ。私たちがアリアメル連合に渡る契機になった事柄はなんだ?』

「それは、セラ様からの手紙と……。そして……。――フランシスの手配……!」

『そうだ。事情だけ見た契機というのなら、あれが始まりだ。――いいか、私たちは、フランシス・エルゴールの遣いではなく、リプカ・エルゴールによる視察というで訪れているのだ。そこに、アルファミーナ連合のME機関とやら。詳細は分からんが、どうせロクな組織ではないだろう』

「あ……」


 リプカは理解した。


 フランシスの性分、ある種、冷酷なまでの合理。そこに、ME機関という組織の力――。

 その二つが重なり合って、合致するところ。


『盗聴、侵入、観察に調査や情報流布などもござれ、だったか? つまり、アルファミーナからの遣いは今、その力を、リプカ・エルゴールという大義名分を着て、表立って存分に振るえるわけだ。本来影に属するはずのその力に制限が無くなれば無双だ、だからこそ、シュリフとやらの予期を崩す適度の働きはできると考えていた』


 正道にして無双。多く目にする機会のあった、フランシスの、いつものやり方。

 その手腕はフランシスの筆法として、とてもしっくりくる。


 曖昧模糊が形を成し、リプカはあのとき、どうして自分が更なる冴えを見せたのかを理解した。――フランシスの手腕が、リプカのやりたい事すら読んで道を作る策であったからだ。


 リプカの性分をとてもよく知る、エルゴールの妹が描いた筋道。


「でも、どうして? フランシスは大筋くらいしか知り得ないはずなのに……」

『それを補い余って、姉のやりそうなことを読んでいたということだろう。ジャストで歯車を当て嵌めてくる手腕はさすがだがな』

「…………。フランシス――」

『なんにせよ、それは大筋には関わらん。とにかく、アリアメルのを助けて、シュリフとやらを存続させる手段を確立しないことには、どうにもならんからな。――ただ、とはいえ、無意味ではない。その前倒しの数日はフランシス何某からのギフトだろう、まあ、大切に使え』

「――はい」

『そう、大筋は変わっておらん。そこをなんとかしないことには――』

『クインッ』


 と、無線機側の遠くから聞こえるように、やけに切羽詰まった鋭い声が、輪郭ぼやけて響いた。ビビの声だ、リプカはこんな感情的な彼女の声を聞いたことがなくて、仰天した。

 クインは難しい感情を吐き出すように鼻息をついて、『分かっている、もう行くッ』と無線機のへ声を投げかけた。


『――そういうわけだ、まあ、引き続き尽力せよ。話はこれで全部か?』

「は、はい。――あ、クイン様! 一つ――」


 リプカは慌てて、ぐいと無線機へ顔を寄せた。


「――どうして、ミスティア様は、フランシスの策略を読めなかったのでしょう? なにか特別な要素が絡んでいるのか、それとも、力押しの結果であったのでしょうか?」

『あん? ――そりゃ、お前が要因だよ』

「私っ!?」

『そもそも、シュリフとやらの予測は、とっくにぶっ壊れてるんだよ。お前が壊した。若年の王子たちを遣わせる今の現実だって、恐らくのこと、当初の予定には無い予期じゃろ。蝶の羽ばたきですら嵐を起こすと言われているのに、お前のやった予想外は、ゴリラが暴れ狂うようなものだったからな、予測も大幅に狂うというものだろう。組み替えねばならない指揮に、無双の力押しが横やりから入って、結果、不可避になっただけだ、特別な何かが起こったわけではない』


 応答を終える前の最後、クインは感情を込めた言葉をリプカへ送った。


『忘れるな、お前が堰堤えんていを壊したのだ。だから、お前自身が、その力で決着をつけろ。もう、やるべきことは分かっているな?』

「――はい」

『手札はこちらで作る、お前は向かい合え。……お前ならできる』


 応答が切れた。


 ――話を終えると、リプカは、先程のシュリフのように、空を見上げた。


 ぼうっとしてる場合じゃないけれど、僅かだけ、そうして佇んだ。――私は最後に、何を選び取るのだろうと、そのことを考えて。


 under’sの若年王子が遣わされた理由、頼み事のように告げられた予期の意味に、リプカは気付いていた。

 今日、今までを通して、聡明な彼女たち三人から、様々を学んだ。



 オーレリアからは、主に、世間の模様の描かれ方というものを。


 サキュラからは、実体験リアルを伴った哲学的思考からなる、生死観を。


 アンヴァーテイラからは、世間に根付く常識と、視野の広がる考え方を。



 それぞれがそれぞれに大きな意味を持つ新しい知識だったけれど、残念ながら……、その全てを、密に学ぶことはできない。


 単純に、時間がない。


 今日のように、合間合間に学びを得るスタイルを続ける限り、学びの末に、何かしらに気付くところまで話の肝要を知り、全容の『理解』に至る可能性があるとすれば、その内、多くて一つだろう。――それすら危ういのが現状。


 ならば膝を突き合わせて教えを乞えばいいと、そんなわけにもいかない。

 なぜなら、世間を実際に見つめての、実感を通してでなければ、理解が及ばないという個人事情ワケがあるから。


 箱入りの少女には、実感という視点が欠けているから……。なにかしらを例に出されても何のことか理解できず、故に、実感をも学ぶ必要がある。


 寒気が訪れる。また、自分の無能に。


 けれど立ち止まって震えているのは、それこそ阿呆の所業であると判じることはできる。


 とにかく――実感を交えて学ぶ必要がある以上、知れるのは、多くても一人というのが現実だろう。


 何を選び取るのか。


 まだ分からなかったが……意外と、気持ちは落ち着いていた。

 必ず大丈夫、なんて言葉、ちょっとおかしいけれど、そんなことを思っていた。


 たくさんの人の力が集って、一つの堰堤を破壊した。


 だったら、これだけ人が増えた今であれば、堰堤どころか運河自体を爆破することだって必ずできると、そんな思いを抱いて。


 人生のある時まで、本当にたった一人で奮闘してきて、その無力さに、転じて多くの人の力という無限に、しみじみ気付かされてきた少女の、思うところであった。


(行こう)

(恵まれた時間を、最大限、活かすために)


 ――一息の間に考えたことであった。


 すっくと立ち上がって、歩き始めた、その時になって。

 今更に、あのときシュリフのお暇を止めなかった、選択の理由を明確に捉えた。


 猶予ができたのなら、シィライトミアの姉妹で向き合い、話す時間が重要になってくると考えたからだ。自分は今に至っても、絆の力、それが真実であると、固く信じている。



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