アイドル・チャレンジ!・1-3

「それにしても、とても真剣な様子でチャレンジしておられましたね。なんらか、この舞台に思い入れがあっての挑戦だったのでしょうか……?」


 グラスサイズのシュワシュワを飲むサキュラへリプカが尋ねると、サキュラはストローから口を離して、一つすると、少しだけ表情を改めた。


「シュリフのお姉ちゃんが……アイドルってものに興味があるって、昔、言ってたから……。気になって、やってみたの……」

「えっ!? シュリフたるミスティア様が――?」


 その意外に、大いに驚いたその隣で、アンがサキュラの話に相槌を打った。


「ああ、そういや、アイツ、ドルオタなんでしたっけ」

「ドルオタ……?」

「略語ですよ、アイドルオタクのことです」

「オタク……?」

「なんでそれが伝わらないんだよ」

「あ、『オタク』という言葉は、アルファミーナ連合から発信された言葉なので、他は、パレミアヴァルカとアリアメル連合でしか伝わらないのでして」

「あ、そうなの? へぇー。――まあ、愛好家とか、そんな意味合いの言葉です」

「シュリフのお姉ちゃんは」


 冷たいグラスを両手で包んで、意識の中の遠くを見つめながら、サキュラは皆に語った。


「歌う人が好きって意味じゃ、なくって……ステージで歌うっていう、表現をすることに……すごく、興味を持っていたの……」

「へぇ……そうだったんですか? それは、知らんかった」

「うん。だから……シュリフのお姉ちゃんが憧れていたステージで歌ったら……シュリフのお姉ちゃんの気持ちが……少し、分かるかなって、思ったんだけど……」

「――なにか分かるところが、ありましたか?」

「……どうだろう」


 目を瞑って呟いたサキュラは、そのときだけ、年の頃より大人びて見えた。


(瞬間の成熟……。きっと、ずっとずっと、シュリフたるミスティア様のことを、考えていたのだろう――)


 また、爆発みたいにハツラツなビートが会場を駆け回って、次いでアップテンポなリズムに乗った歌声がワッと広がった。


 皆が皆、違う輝きを魅せて、聴いて観る者の胸に熱を灯す。


 まだまだ長く――今日のところはここにいたいくらいの気持ちだったが、一行はもう一曲だけステージを楽しんでから、名残惜しくも、その場をあとにした。


「価値をこの世に残すということ、そして、価値を世界に、輝きをもって披露すること。そのことに興味がある、いったいどのような気持ちが、私の胸に訪れるのだろう……?」


 ――今度はリプカがサキュラを背負って歩き出したところ、サキュラが突然、そのようなことを口にした。


「え?」

「――シュリフのお姉ちゃんが……アイドルってものに、興味があるって言ったときに……言っていた、言葉……。シュリフのお姉ちゃんの言うことは……ほどんどが分からないことだったけれど……、そのことだけは……ちょっとだけ……共感、できた……」


 黙って聞くリプカの肩を、サキュラはきゅっと握った。


「ねえ、リプカ。シュリフのお姉ちゃんは、いったい……どんなことを、普段、感じているんだろうね……」

「……感じて、いる――」


 考えている、ではなく。


(感じる)

(感性、感慨、ひいては感情――)


「私たちと同じこと? それとも……それとは全然べつの、私たちには分かりにくいこと……? 私には、それが分からない……」

「…………」

「私は死ぬのが寂しかった。けれど……シュリフのお姉ちゃんにとっては? それすらも、シュリフのお姉ちゃんにとって……私たちには理解できない、べつの感覚、なのかな……?」


 ハッとするものがあった。


【アルメア・アルメリア】の話を思い出したからだ。


 見えている景色が、決定的に違うということも、ある――。それを思って。


「私はそれを理解したかった。でも……ずっとずっと考えていても……分からなかった……。生きていてほしいのに……。けれど……が分からない……」



「だから私は寄り添えない」



 そう言ったきり――サキュラは言葉を閉じて、口を噤んだ。


 リプカも、なにかしら返答することせず、黙して様々思い巡らせた。


(価値観の違い。その、絶対であるはずの点における――絶対的なズレ。人間とはまったく異なる景色が展開されている可能性)

(そうか……そういうことも、あるのか。あり得るのか――)


 そこまで考えると、俯けていた視線を上げた。


(ならば……私がまず知るべきは――)


「また幾度か、彼女と向き合える機会があるようです」


 今度はリプカのほうから、突然に話を向けて。

 顔を上げたサキュラへ、リプカは語りかけた。


「気持ちの以前、その違いを知った後も、人の持つ熱を通して意味を伝えられるように、多くの人の熱を持って、あの人と向き合いたい、そうしなくては。だから、サキュラ様、力を貸して」


 それを聞くと、サキュラはまた、リプカの背にうずめるように顔を伏せて。


 そして僅かの間を置き、くぐもらないはっきりとした声で、それを告げた。


「貴方がいなくなった世界で私が知る、私の熱の引いた血の冷たさを……あの人に伝えて」


 

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