夜明けと夜の希少・1-2

 リプカは唇を少しだけ震わせると、俯いた。


「そう……でしょうか……? 本当に?」

「ウダウダと永遠足踏みしているようで、不安ですか?」

「……っ。そ……それも……その通りです……。それが気持ちの全てではない。けれど、そう感じてしまうところもあります……」

「不安に思う必要はない」


 手を組んだ枕に頭を乗せて、天井を見上げながら、アンは揺れのない、強い言葉を発した。


「そうやって年少相手にも臆さず、自然に、自分の弱みである本心を打ち明けて、意見を窺うことができるプライドの置きどころは、貴方の強力な強みです。、多くの人が動くことでしょう。そしてそれは、今も。――大丈夫、事はきちんと、前進し始めていますよ」

「そう……なのかな……?」

「まあどこに辿り着くかは分かりませんけど。それより貴方は、そうやって迷っているよりも、貴方に力を貸さんとする者たちの助言を、忘れずにいるべきだと思いますけれどね」

「助言……」



『それから……焦らなくていい』


『状況は差し迫っているが、焦るな。焦燥が必要なのは、に必要な労力を楽観視して、根拠もなく悠然と構えてしまう者。焦燥に駆られて、階段のはるか上方じょうほうだけに視線を固定するやり方は愚かである。――一段一段にある意味を見逃すな、そうすれば、見据えていた以外の道が見えてくる。ゴール地点との距離感が測れず、不安に喚いてみても仕方ないのだ、腹くくれ』



 クインは確かに、そう言っていた。


「その意味を、よーく考えてみなさい。それがどういう意味なのか……自ずと分かってくるはずです」

「……。…………。……………………。…………わからない……」

「根本的に知能が無い」

「うぅうう……ッ!」


 酷い罵倒に、呻き声を漏らして突っ伏したリプカを見下ろしながら、アンは一つ息をついて、上体を起こした。


「いいから、今日は雑談ついでに自己紹介してみなさいな。それで、もしかしたら、その中で人柄に魅かれた味方を増やすことができるかもしれませんでしょ。――良い時間ですし、夕食でも食べに行きますか?」

「あ――そうですね。皆さま、何かリクエストなどは……」

「シュワシュワッ! リプカ、シュワシュワ……」

「サキュラ様、それはまた明日、お昼の機会に」

「しゅん……」

「私は海鮮の濃いのが食べたいですね。今日ここに泊まるわけにはいかないんですよね? 移動しがてらという感じですか?」

「そうなります。あ、オーレリア様は……? ――そうですか、では、移動しながらお店に寄ることにしましょう。アズ様と連絡を取るので、少しだけ待っていてください」


 リプカが部屋を後にすると――。

 オーレリアが、ソファーに寄りかかりながら煎餅を食むアンへ話を向けた。


「……驚きました。アン様が、心を込めた言葉を、誰かにかけることがあるなんて。失礼なようですが――あまり、他人に関心のあるお方ではないという印象を抱いていたのですが。これほど誰かに関心を示されているご様子を、始めて見ましたので」

「関心を示されている……まあ、間違ってはないですね。――ふん、分かっているでしょう? そうなったのは、あの人の性分故ですよ。なんだかほっとけなかったんです。そしたら話が止まんなかった」


 天上を見上げながら、アンはぼんやりとした声で語った。


「『なんだかほっとけない』という印象の内実は三種類に分けられるけれど、あのお方のは、その内二つを百パーセントで両立させたハイブリットです、べつに反感がない限り、思わず声をかけてしまう。そして、物事を素直に受け止めるあの性質たちもあって、ついつい話が進んでしまう。……あれは希少だ」

「ふふ、見たこともない素敵なお方でしものね」

「見たこともない。まーね。――私は結構意地悪に話していたつもりでしたが、あのお方はその奥にあった、それはそれで偽りでない心情を見抜いて、だからこそ真面目に取り合い、本心を打ち明けたのでしょう。人の心情を見取ることに長ける、それもまた強力な武器だ。あれは……必殺に成り得る。強さと弱さ、あのお方はこの先、誰も見たことのない最強に転ずるかも。……それにしても、他人に関心のあるお方ではないという印象とは、寂しいですね、オーレリア様」

「……だって、兄様あにさま関係のこと以外、あんまりお話ししてくれないもの……」

「む……しまった、そこは意識すべきでしたね……。オーレリア様、私は、貴方に対しては好意的ですよっ」

「でして……」

「アン……私とも、お話、して……」

「ガキウザ」

「アン様っ」


 当然、新婚約者候補の四人、特にシュリフが選出した三人にも、三人の関係があるようだけれど。

 しかしその関わりは、まだあまり、形あるものではないようだ。


 閑話休題。


 その後一行は、再びシィライトミア領域の海岸部へ方角をとって、少しの距離を馬車に揺られた。


 さすがにまた一晩、宿を独占していることがあれば噂も広まるし、泊ったのがエレアニカの皇女と知れれば、いよいよ神格化されてしまう。

 夕刻まで借りるのはぎりぎりグレーとして、また場所を移したのだが――。



 その先で、待ち構える者があった。



 トントン拍子で進む物事の中で、始めて起きたといっていい、生々しいアクシデント。


 矜持と言い分を賭けて戦う機会が訪れる。


 ただし――その相手の厄介であるのは、暴力に頼るところでは、なかったのだけれど。



 宿の不自然を嗅ぎつけた追手。現れたのは――。

 ――ただ、なりふり構わず、必死な者たちだった。




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