ミーナ・1-2

「MEは一応のところ、公安を冠する機関でして。諜報を含む情報収集が主だった仕事なので、それで隠密寄りってわけです。このたび、フランシス様にMEの一部指揮権が渡る経緯いきさつがありまして、その関係で、私が選ばれて、ここへ派遣されたわけです」

「そうだったのですね。……フランシスは、元気でしょうか……?」

「はい、――と、言いたいところですが、正直少し、お疲れ気味でしたね」

「そうですか……」


 心配募るところありながらも、無事であることが分かって。

 国家組織の指揮権が他国の一個人に渡るという異常事態には気付くことなく、リプカはほっと一息をついた。


「でも……きっと、この機会が終着を見せた後には、もう、ロコとはお会いできないのでしょうね……」

「うぇっ!? なんでっスか……?」


 少し寂し気に口にされたそれに、ロコは驚きを露わにしたが、その反応には、確認の反応を求めるように問うたリプカもまた僅かな驚きを見せた。


「え……だって――。お会い、できるのでしょうか……?」

「ん、む――」


 それには言葉に詰まったロコは、困った表情を浮かべて、リプカを見つめた。


「どうしてそう思ったんでしょう……?」

「あの……仕草や、口調の癖が……作り込まれたモノのように感じたので……。個人を見せないために、身元を悟られないように、そうしているのかなと……」

「えー……。うー、私、一応、プロなんですけど……分かっ、っちゃいました? えぇえ、ショック……」

「えと、あの……」


 頭を抱えるロコに、リプカはあわあわと声をかけた。


「わ、分かりやすく自然、でした」

「慰めが追撃ッ! ――参考までに教えてください、なにが不自然でした?」

「ええと、人柄の色に、違和感がありましたので……」

「人柄の、色……」


 ロコは感嘆の息を吐いて、姿勢を正した。


「どうやらあなたには、それこそあなたの人柄の色が成す、特別な景色が見えているみたいだ」

「そ、そんな大層なものでは……」


 リプカは恐縮して赤くなると、こほんと咳払いして、場を仕切り直した。


「いらぬことを言及してしまったのなら、このことは、忘れてください……。それで、もし、それが許されるなら、力を貸しに来てくれた立場のあなただから……少しでも心が休まることがあれば、私の前でくらいは、自然体でいてもいい。いてもいいだなんて、高車な言い方だけれど……」

「分かってますよ」


 微笑み、意味を汲み取った旨を示し、ロコは小さく手を振った。


「お気遣い、ありがとうございます」

「改めて、力を貸してくれてありがとう。ロコの意見にはとても助けられています」

「光栄です。……ちなみに、リプカ様」


 ふと顎に手を当てて、ちょっとした思案顔になると、ロコは雑談調子でそれを問うた。


「私のことを、ロコと呼んでくれたのは、どうしてです? リプカ様の性格からして、てっきり、それでも“様”の敬称は外れないかもと思っておりましたが」

「それは……。…………」

「あ、答えにくいことでしたか? でも、ちょっと聞いてみたいです。どんな理由でも気にしませんから」

「ええと――」


 俯き微妙な表情を浮かべて言い淀んだリプカは、顔を上げると頬を掻きながら、顔色をほんの僅かだけ朱に染めた。


「あの、特別な理由が故に人柄を作っていたから……それはそれとして、一つくらいは接点ができればいいなと思って、名前の呼び方で距離が縮まることを期待しました」

「――――……。……リプカ様はアレですね、意識してない故に、ふとした瞬間に、人をぶっ殺しそうですね」

「えっ――??」

「ああ、いえ……。――友達になりたいな、と思う人にそんなことを言われたら、胸を貫かれるなぁ、というお話です」

「――本当ですか!?」


 ロコの正直な語りに、リプカは手をパンと胸の前で合わせて弾んだ声を上げた。


「そうしたら、また逢えますか……?」

「あ、ええと――。――――。…………ん」


 随分と長い思案を挟んでから――ロコは、幾分か形式の固さが取れた、少女の心の色彩をひと筆だけ描き出したみたいな微笑みを浮かべた。


「じゃあ、そうですね……。――それじゃあ、この夜の時間だけ、私のことは『ミーナ』と呼んでくださいな。あとは――縁があえば、また会えることもあるでしょう」


(やっぱり、『ロコ』は偽名だったのかしら――)


 そのことを考えながらも、また会える機会をどのような形であれ計ってくれたことが嬉しくて、リプカは心を浮き立たせて嬉しんでいた。


「分かりました。ミーナ、この先で縁や奇縁が合うこともあるでしょうが、いまは今、できる範囲で私と仲良くしてください! たとえ事情があったとしても、私はそれが、とても嬉しいです」

「――――……。できる範囲を――本当はもう、超えちゃってるんだけど……」


 ちょっとだけ困ったふうに言うと、ロコは顔を上げた。


 そこにあったのは――ビビ絡み以外のときはしっかりとした、今までの仕事気質の顔つきではなくて。

 溶けちゃうくらいにふにゃりと柔らかな、人肌の温度がすぐ近くにあるような顔つきだった。


 急な表情転換だったけれど――人の心情を揺らすような魅力を備えた顔つきは、それまでよりも少女の表情に合致した、とてもしっくりくるものだった。


「んでも、チのことは、ミーナって呼んでください」


 毛布にくるまったみたいに、程よく気の抜けた声色で応えると、少しだけバツが悪そうな眉を下げた笑みで、感情いっぱいに笑いかけてくれた。


 ロコが作りのない情緒を見せたのは結局、その僅か一時だけだったけれど、次の日の夜も、相談に乗ってくれることを約束してくれたから――もしかしたら、また、取り繕わない素顔を見せてくれる機会があるかもしれないと、リプカは期待してそんなことを思った。


 セラともこうやって話せればいい。混じりにそう願いながら、リプカは世界が広がっていく感覚に、頼もしさを覚えていた。




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