アーゼルアクスの少女・1-2
「――とても辛い事である、そのことは推し量れます」
「辛い……。そう……。――リプカ、病気っていうのはね……。なんにも返せないってことなの……」
「…………?」
真意を計りかねたが――その言葉には、体重の錯覚とは比にならないほどの重圧があった。
下を向いて影に隠れたサキュラの表情を見つめるうちに、背につぅと、幾筋かの冷や汗が
「オヤジとオフクロは、私に、たくさんの感情をくれた。私の無事を願って、いっぱいのことをしてくれた……。でも――病気の私はそれに、感情すら上手に返せない。悲しかった……。やるせなかったし、オヤジとオフクロの思いを、そんな感情にしてしまうことも、嫌だった……」
「…………」
「わたし、なんで、生まれてきたんだろう……。もっとちゃんとした子だったら、オヤジとオフクロも、もっと、幸せだったのに……。……――もう、はっさい。それが違うってことも――現実になかったはなしをしても、しかたないことも、分かっているけれど……それは、病気が治ったから思えること……」
幼年の少女が語る壮絶な現実、それを黙って聞きながら、更にぎゅっと、サキュラを抱く力に意思を込めた。
サキュラはそこから、幾分か和らいだ口調で話を続けた。
「――――オヤジとオフクロが笑って、私も笑いかけることができた、あの日の景色を、私は忘れない……。――私は生きていることの素晴らしさを知ってる。シュリフのお姉ちゃんにも、ほんとうは、生きていてほしい……。ずっと、また、お話したい……。でも……。――でも、難しい……。シュリフのお姉ちゃんのことは、じじょうが違うってことも、知ってるから……。だから、大好きだから……わかっ、わからなくちゃ、って、思うけど……」
嗚咽のように詰まった声に変わって、それでもサキュラは一生懸命に語り続けた。
「正直、分かんなくて……。だって、シュリフのお姉ちゃんは、ずっと正しかった……。――それに、私も…………。…………」
「…………」
「私には、分かんない……。――けど。…………」
詰まった声に混じるえずきを堪えるため、しばらくリプカの背に顔を押し当て、言葉を切ってから。
ぎゅっと、甘えるでも害すでもない、信頼の込められた力で、肩口が強く握られた。
「だけど、リプカもそのことを考えてくれて、答えを頑張って……探してくれるのなら――。わたしが分からなかった答えの、その先を、見つけるために……今日みたいに、いっしょに……歩いていって、くれるなら……。リプカ――」
「いいよ、アーゼルアクスの力を貸してあげる」
――最後の言葉は、広くないリプカの背中に収まるほどに幼い少女の口から漏れたとは思えない、なにか大きなものを前にしたような威圧感のある声色であった。
炎斧アーゼルアクス――魔人アーゼルが振るったとされるその象徴に相応しい凄みが、紛れもなく、その声に備わっていた。
「――ありがとう、サキュラ様。約束します。私はそれを探し求める」
心からの礼を言って、背負ったままきゅっと抱きしめて微笑みかけると――。再び前方を向いて、少しの不安に苛まれ僅かに震えた口元を、サキュラの向けてくれた信頼を思い、飲み下すようにきゅっと引き結んだ。
今は、不安を見せている余裕なんて、ない。
けれど……どうやら――。
シュリフたるミスティアのことを、この上ない恩人と慕い、感情いっぱいに彼女のことが大好きだと言ったサキュラでさえ――シュリフの存続は不自然であると、どうやら……考えているようだった……。
『私はミスティア・シィライトミアに巣食う病巣です』
シュリフの言葉が、頭の中で反響気味に繰り返される。
私のやろうとしていることは、もしかして、この茜を食い止めることくらい意味のズレた事なのではないか? ――夕焼けを見つめながら、ふとそんな、思ってもいない弱気な考えが浮かんできた。
揺れる
お節介。アンの言い表した、その通りであったとしても、しかし――止まる理由には何もならないと、リプカは胸中で、逢魔の囁きに口を返して迷いを払った。
(お節介だろうと、――あの目の下の隈は、諦めの余地を口挟む、そういう状況じゃないんだよ)
この茜を食い止めることのような荒唐無稽だとして。
だというのなら私は、これからその酔狂を現実にするだろう。
(ミスティア様と、お話ししに行こう)
きっと、シィライトミア領域の入口で、私を待っている。
その確信と向かい合い、決意を抱いて。
シィライトミア姉妹の絆、そしてセラの無理を押した笑顔を情景に映して、リプカは寒々しい観念すら、燃ゆる想いに変えた。
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