第百三十五話:アーゼルアクスの少女・1-1

 木床の水上通路に建てられたレストランは、立食スタイルを取った一風変わったレストランだった。


 聞いた限りでは、なんじゃそりゃと、アリアメル連合がお初である組は首を傾げたものだが、実際見てみれば、その意図は瞭然だった。


 水上通路の上段位置から、キラキラと輝ける水の景色を一望しながら食事を楽しめる、景観すらも頂けるような水上レストラン。立食スタイルはなるほど、形に拘らず景観を楽しめるカジュアルさは、この立地に、そしてこの街にとても合っていた。


 素朴で気取らないデザインの長テーブルや、景色をよく望める位置にはコンソールテーブルが備えられていたり、内装自体も見た目に楽しい。


「よく衛生通ったな」


 とアンの呟いたところが関係しているのか、お値段は少々張ったが、それ以上の価値があるところだと、――男がいねえでなにが景観じゃと口漏らしていたアンも含めて、最終的には皆おおいに満足の様子だった。


 その後は、カラフルに個性的なお店を巡ってみたり、今度はリプカがマリンスポーツに挑戦して場を沸かせたり、途中、サキュラがクレープをねだってぐずったり、また誰ぞがいなくなったと多少のアクシデントもありながら――まるで本当に遊びに来ただけみたいに、今は皆銘々、心から楽しんでいた。


 肝が据わっているというか、度量が見えるというか……大局がどうあれ、楽しむときはめいっぱい楽しむという心意気は、フランシスといい、やはり大きなお家の貴族令嬢は違うものだなと、自分のことはさておいて、リプカはしみじみ思ったりした。


 さて、そして日も暮れようという時間となって。


 今日はこれで引き上げようか、どうしようかという話になったそのとき、せっかくなので夕暮れの景色を堪能していきましょうと提案したのは――誰あろう、リプカであった。


 そんじゃ夕焼けの見える場所まで移動しよっか、と一行が向かったのは、家族やカップルに人気のスポットであるという、夕焼けの茜が水面を染めてキラキラ輝く景色が一望できる、その周辺一番の高台だった。


 歩き疲れてしまったサキュラを、また背負いながら。

 その素敵な景色に湧く皆からそっと距離をとって、サキュラと二人、その美しい景色を見つめていた。


 しばらく二人、なにも言わぬままそうしていたが、やがて頃合いを見計らって、リプカが口を開いた。


「サキュラ様」

「なぁに?」

「昼間方、お洋服店で突然寝入ってしまわれましたが……あれは狸寝入りで、実はずっと、起きておられましたね?」

「…………」


 サキュラはなにも答えなかったが、きゅっと、やわくリプカの肩口辺りを握った。

 リプカは特に声色を改めるでもなく、気張りのない語り調子で続けた。


「私のことを見つめ続けて……どうでしたか? なにか、感じ取れるものは、あったでしょうか……?」

「……ん」

「私、実は……生まれ故郷の外に出るのも初めてで……。城下町を超えて様々を見るのも初めてなんです」

「そうなの……?」

「ええ。だから、もしかしたら、常識に疎いのかもしれない……。こんなにたくさんの人と仲良くさせていただくのも、お初ですしね」

「うん……」

「でも……サキュラ様。私、迷ってないんです」


 そして、次いでリプカが口にしたのは、問い掛けながらも確固とした、見方によっては傲慢ですらある、強い言葉だった。


「サキュラ様。アリアメルの地に立つ私は――世間知らずな箱入り令嬢が、ただ、なんとなく思ったことをそうしたいと願っているように、曖昧であったでしょうか……?」

「――そんなことないよ、リプカ」


 サキュラの答えを受けて、リプカは笑んだ。


「でも――もしそうであっても、私はその先を見定めるまで、歩みを止めない。これは、そんな、あくまで私個人が望み、それだけで動いていることです。――そのことを踏まえて、サキュラ様」


 背越しに、間近にあるサキュラの瞳を見つめた。


「私に力を貸してくださいませ。――お返事は、今日のように私を見定め続けて、そして答えが出たら、それを聞かせてください。そして……それがどんな返答であっても、また今日のように、皆で楽しく遊びましょう」


 そんな情混じりな、詰めの甘い嘆願に、サキュラは目を瞑ってしばし沈黙すると、やがて、リプカにしか聞こえない小さな声で、言葉を紡いだ。


「私は、シュリフのお姉ちゃんが大好き。オヤジとオフクロとおんなじに、世界で、一番。――ずっと苦しかったし、悲しかった」


 ずしりと、下に落ち込むように。

 背にあるサキュラの重みが、ほんの僅かだけ増したような感覚があった。


「リプカ、病気って、どういうことだと思う……?」



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