アルメリアの怪人・1-3

「でも……当時の記録を全て焼き捨てるなんて、よくそこまでの危機感を抱けたものですね」

「アルメアが処刑されて終わり、だったら、そこまでの狂騒は巻き起こらなかったかもしれませんね。最後の最後で霧の中に消えてしまったからこそ、最悪の失態を後世に広めまいと、顔真っ赤にして働き回ったのでしょう」

「――――に、が、しちゃったんですね……」

「怪人と呼ばれる所以ですね。名を口にしただけで重罪に問われる、それがワケです。あらゆる意味で、ことを話すも恥である存在ということですね」

「はぁ――……。…………」


 大変なお話が一段落して、なんだか一つを終えたような気分になってしまったが、浸ってばかりもいられない。


「裏のミスティア様を信仰する集まりが、今後、具体的にどのような行動を起こすかということに心当たりはありますか?」

「さあ。無茶苦茶はしそうですけどね、信仰対象の存在自体に価値を置いてる連中ですから。ただ――おそらくですけれど」


 そう前置きを口にしたアンは、どうしてかそこで、表情を渋めた。


「おそらくですけれど、あなたはもう、それの解決策、またはそれに準ずる牽制要素を持ち合わせているのでは?」

「えっ――? ど、どうしてそう思われたのでしょう?」

「あの女のクセですよ」


 そう言った途端、梅干しみたいに一層渋めた顔付きは、嫌悪というよりも単純にイヤという情感が溢れ出た、なんとも言えないもので――その尋常ではない表情を見て、なんとなく察せられるものはあった……。


「解決策を向かわせる。または――解決策を獲得する存在を見出し、送り込む。あの女が場を動かすときに取る、常套手段です。だから、なんか、暇人共がまあまあ納得するような情報とか、持ってないです?」

「――――あ」


 ある。

 ハッとして、それに気付いた。



 ――フランシスに頼んだ、【妖精的基盤症状】の治療法。



「……今はまだそれを持ち合わせていませんが、もうしばらくの後、私はそれを知り得るかもしれません」

「私の役割の一つは、それを示唆することだったのかな? まあ考えても仕方ありませんが」


 最後は投げやりに口漏らしたアン。


 段々と「話すのが面倒くせえ」という感じを醸し出し始めて、今はもう会話を終わらせにかかるような勢いがあった。

 それを察しながら、リプカは少し考えると――結局、今一番気になっていたことを尋ねた。


「アン様は、シュリフたるミスティア様と、どのようなご関係が……?」


 チッ。

 子供が飛び上がるほどの舌打ちがアンの口から漏れた。


「舌打ち、はしたない……」

「すんませんッしたー」


 ついと目線を脇に反らしながら、全然気持ちのこもっていない謝罪言葉を吐き出したアンだった。


「……どうあれ想いを持てるだけの、深い間柄であるのなら聞いてみたい。アン様――ミスティア様は、どうして自身がこの機に消えるべきだと、そう固く決意しておられるのだと思われますか?」

「知りませんよそんなの。特に興味もないし、本当に分からないので私に聞かれても困る。まあ、勝手にすればいいと思いますが……寂しがる者も、いるでしょうね」


 昨日の今日顔を合わせた相手に対して、それこそはしたなく踏み込んだ問い掛けだったが、アンはそもそも会話をかわすというよりは真面目に取り合わない感じで、適当な相槌みたいな返事を返してきた。


「――私はミスティア様を助けたい。情報をください」

「関わりかねますね。勝手にすればいいというのは、本人の意思に添う形がとられるべきなんじゃないかなぁ、という、本当になんとなくの思いもあってのことですし」

「これは糾弾ではなく雑談の延長として受け取ってほしいのですが、アン様は、ミスティア様に在ってほしいというお気持ちなどは――」

「まったくありません。正直、今回の事に関わることだって、億劫以外の何ものでもありませんから。まあ、でもそうですね――これでお別れだというのなら、最高に笑える消え方をしてほしいものです。思うとしたらそのくらいのことですかね」


 食い気味に答えてから吐いたこくな言動に、リプカは顔を顰めて、アンへ厳しい視線を向けた。


「アン様、たとえ雑談でも障るべきでない領域というものがあります。……少し過ぎた言動ですよ」

「撤回するつもりはありませんよ」


 気だるげな視線を何処いずこに向けながら、アンは気もそぞろなテンションで言った。


「あの女とは本当に色々がありましたが、その色々の全てが、腹立たしさに満ちていましたから。最後くらい、『ザマァ』と声をあげてみたいものです。……ご家族様においては、悲しみ推し量るところですがね」


 最後だけは茶化さず言って、アンは不思議に遠くを見やって、小さく鼻から息をついた。


 よく見れば。

 鳶色のその瞳には、モノクロないくつかの情景が映されているようで。荒波のない平静の表情を見るに、本当に悲しみなどは抱いていないようだったが、それでも――リプカはアンの情緒に、立ち入れぬ領域を予感した。……顔には僅かに、皺が寄ったままだけれど。


 ビビの挑んだ『スケートサーフ』挑戦も終わり、時間も良い頃合いだった。


 リプカは頬をちょいと掻いて、幾分か口ごもってから、言葉を紡いだ。


「アン様は……シュリフたるミスティア様のことが、お嫌い?」


 現実に引き戻すような意味合いも込めて。


 テンションが完全に店仕舞いへシフトする前に、ガソリンをつぎ込むようなたばかりでリプカがそのことを問うと――アンは間を置きため息を吐いてから、ぽつぽつと、幾分ひそめて小さくした声色で語り始めた。


「嫌いですねえ、あちらはこちらのことなんて何も思ってないでしょうが。まあ、その昔、あの女に明確な借りを作ってしまいましてね。認めたくないことですが、一応そのことを考えるに、あえて言うなら恩人なんていう間柄なんでしょう。認めたくないですがね。――私は昔、賭け事に明け暮れていましてね」

「――――か、賭け事……!? む、昔、って……。え――っと……おいくつの頃から……?」

「阿呆でしょう? 当然、表の場所じゃあない。私はねリプカ様、その昔、自分が『特別な優秀』であると、そんなことを信じていたんですよ。それで、自分はコバルトスワロー。んな馬鹿なことはない、と、そう思ったわけです、アンヴァーテイラ少女は」


 アンはせせら笑った。


「ところが――私は特別なんかじゃなかった。化物ばけものじゃなかったし、天才でもなければ、まして抜きん出てなんて、全然なかった。あの場所で分からされましたよ、本物に出会ってね」

「……負けて、しまわれたのですか?」

「そう、タダじゃあ済まない……。――それで、そこに現れて、勝手に助けくさってくれたのが、あの女というわけです。未来で必要となる要素を存在に恩をひっ被せて、動かせるコマを作るという目的をもって。――そんなことがあり、そのときから私は、あの女の頼みというテイの面倒を度々たびたび聞いてはあくせく働きまわる、便利ちゃんという立場に収まったわけです」

「なるほど……」

「本当に腹の立つ女ですよ。特にあの、役割を果たした後の、『まあやっぱり、そうなりましたね』とでも言うような笑みの表情。ムダに人を苛立たせる、甚だ不快です」

「…………」


(苦労のある無茶を頼まれた後にそんな顔をされたら、確かに、腹が立つものもあるかも……)


 と、失礼ではあるが、リプカも少し共感してしまった。


「あなたの言う通り、私には程々に、あの女との関わりがある。けれど、それで私がなにかをすることはありませんよ。私とあの女の関わりも、一つの無二です」


 なんでもないように、そんなことを言ってから――ニヤリと、顔を歪めるように笑んで――。

 そこでアンは初めてリプカへ顔を向けた。


「なもんで――当然、私はあなたのことも知っていましたよ、リプカ・エルゴール様」

「え……?」

「【カエルム】系列の末端マフィアの巣に単身ケンカを売った蛮勇者ばんゆうしゃ、肉体の力で死と隣り合わせの賭けを嘲笑うように蹂躙し、たった一度の殴り込みで【、裏社会における実質的な関与禁止存在と定められた怪物、エルゴール家の、リプカお嬢様」

「ひゅっ――――」


 ――鉛を飲み込んだような表情になったリプカの青い顔色を見て、アンは満足そうにクツクツと笑った。


「オルフェア領域の城下町には、マフィアが存在しないらしいですねぇ。存在してはいけないのだとか。ねえ、聞かせてくださいよ、リプカ様の武勇伝を。私の話ばかりでは飽きるでしょう?」


 意趣返しみたいな促しで、意地の悪い表情を作るアン。


 見方によってはさんざ過去をほじったリプカに断りを言える道理はなく、下を向いて顔を赤黒くしながら、ポツポツと自分の昔話を話し始めた。


「私はちゃんと話したんですけどねぇ」


 リプカの声が掠れるたびに、そんなふうに、苛めるようなことを言って。


 いつの間にか完全にやり込められた形で、リプカはしばし、時間よ早く終われと願う、半泣きのひと時を過ごしたのだった。



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