under's・1-3

「オ……オーレリアというのは……領域の名前でもあったはずでは……?」


 足掻くように、取っ掛かりを掴もうと、断崖の壁に爪を立てるような気持ちでリプカは浮かんだ疑問をただ口にしていた。


 クインは冷静をもってそれに答えた。それがますます、リプカを焦らせる。


「そうだ。オーレリア領域――その名は、あの皇女が生まれた瞬間につけられた領域名だ。それより前はミリアイリス領域。――分かるか? 代々、皇男こうなん、あるいは皇女の名が、その領域名となるのだ。……それほどの影響力を持っている」

「皇女様って……あのお方は、まだ九つだと……!」

「べつに支配のためのくらいではないしな、象徴としてのくらいなのだから、歳はあまり関係がない。それにしたってという話は分かるか、事実、アレは皇女だ」

「…………。……作戦は、終わったというのは――」

「そう。あの客車から、またとんでもないのが出てくるだろう。それこそ、オーレリア皇女並みのインパクトを持った何某かがな」

「…………」


(――――じゃあ)

(だというのなら――)


 それは、私の強さが問題となってくることだ。


 ――リプカは姿勢を正し、そのように気構えを新たにして、目の前を望んだ。


 不思議なことに、迷いは瞬時に晴れた。

 もしかしたら、まだレベルが足りないかもしれない。それでも――。


(ここからは私だけの勝負だ)

(私だけで挑まなければならない、私が向かう勝負)


 それを理解し、誰の目にも留まらぬよう、ぎゅっと一つ、拳を握った。


(誰が出てこようと――対決するチャンスは、きっとある)


 ――――と、意気込み良く待ち構えていたのだが。


 ……きっとそれは、己の未来を、リプカへの意趣返しという意味もあったのだろう。

 ほくそ笑むように、色気良く微笑んでいるに違いない。まるで、ちょっとした悪戯に笑う、子供のように。


 残念ながら。

 リプカは再び、呆気に取られて、棒立ちになってしまった。


「サキュラ様、そろそろ、本当に……」

「んー……。…………」

「大丈夫! サキュラ様、私がおぶっていきますから、目だけ覚ましちゃってください! ――よっと。やっぱり軽いっスねー」

「……チッ、はぁーあ゛、酔っちゃったよ、もぉー帰りたいなぁ。なーにが婚約者候補ですか、ボケが――」


(え…………?)


 いやに、客車内が騒がしい。

 ――――そして。



 ドヤドヤ、ドヤ、ドヤと――。



 ゾロゾロと、客車内から幾数人が姿を現し、地に降り立っていくではないか。


(え、えええ――――えええええええええええええええええええええ!??)


「では、皆さま、ご紹介を。まずこちらのお方が――」

「サキュラ。サキュラ・アーゼルアクス・フラムデーゼドール……」


 僅か黄色味を帯びた白金しらかねの、日に透けるふわふわの髪を揺らす、背におぶわれながら眠たげな眼をパチパチする少女が名乗った。


「そしてこちらが――」

「あ、ご紹介に与りました、アルファミーナ連合より参上致しました、ロコ・ミーナナナイっす」


 サキュラのことを背負いながら、オーレリアとはまた違う、浮くように違和感のある異常にカラフルな髪色を輝かせる少女が、快活に名乗りを上げた。


「そして、最後にこちらのお方が――」

「アンヴァーテイラ・コバルトスワロー・アルメリアです。よろしくお願い致します」


 腰下まで伸びる長いブラウンの髪を、後ろで太い三つ編みにした、ちょんと被った平たい帽子が似合う、知的な雰囲気のある少女が生真面目に応えた。


(な……な…………)


 言葉が継げないリプカ。

 そんな中――オーレリアが、また会話を紡ごうとした、そのときであった。



「――――ホァアアッ!?」



 大音量の奇声が響き渡り、宿のオーナーも含めた全員が、思わず飛び上がった。


 奇声を上げたのは、ロコと名乗った少女であった。


「――――ビ――ビビ…………ちゃん――――?」


 少女ロコは、白昼夢を見るような瞳でビビのことを凝視しながら、うわ言のようにその名を口端から漏らした。


 硬直するような驚きようである――体勢も崩れ、ロコが仰天した拍子に、その背からサキュラがずり落ちてしまった。


「……いたいー。……うぅーん、ねえ、手を貸してー……」

「チッ、クソガキうぜー……」


 生真面目な態度を見せていた少女アンヴァーテイラが、蔑むような視線でサキュラを見下ろし、あり得ない暴言を口にした。


「アン様、失礼が過ぎまして……!」

「あーはいはい、申し訳ございませんでした。サキュラ様、お手を」

「助け起こして……ね」

「――あー手が滑りました、まことに申し訳ございませんサキュラ様」

「うぅー……」

「アン様……っ!」

「ビビ……ちゃん……? ほ――ほんとう、に――? フッ、フッ、フゥウ……。スゥ…………。――――イヤ現実だコレェエエッ!?」

「うっせッ」

「ロ、ロコ様……!? どうなされたのでして……!?」

「ロコー、おぶってぇー……。ロコの背中、温かいから、好きー……」


 ――まるで礼節から外れた、異様な賑やかを見せる新・婚約者候補の一同だったが、むべなるかな、それは仕方のないことであった。


 一番年長と見えるロコで、十を超えるかというところ。

 サキュラに至っては、下手をすれば歳九つにも届かない。


 一同は皆、婚約を結べる十五の歳にはどう見積もっても届かない――まだ幼さを残した、あどけなさを生きる少女たちであったのだから。


「――アッ、CG!? ビビちゃん……CG……――いや本物だよコレェッ!? あ、コレって言っちゃた……ッ! ち、違うのビ、ビビ、……ちゃん――」

「とりあえず宿に入りましょうよ。レクトル・オーレリア様にお目見えできたことがこの旅の最高潮で、あとはどうせ惰性なんですから」

「ア、アン様、なんてことを仰るのでして……!?」

「ねーぇ、オーレリアも私のこと、おぶって。交代っこでサキュラのことをおぶってぇ」

「あ、はい――。――よいしょ、よいしょ……」

「優しさだけが正解ではないでしょう、そろそろ起きたらどうですか、サキュラ嬢」

「アンの背中には……三つ編みがあるから乗りにくい……ね。ざんねんー……」

「聞けよ、クソガキ」

「まだお薬が残っていて眠いんだぁ……」

「……フン。ほら、私の背に乗りなさい。いややっぱダルいわ」

「一瞬の間も無く意思を翻すのはどうかと思いまして……」

「ヒ、ヒッ、フヒィ……! 眩しい……よっ! ビビちゃん……私のアルメアルゥ――」

「ロコはどうしたのー……?」

「フー、フー、フゥー……、……わ、分かんない――」

「あなたが分からなかったら誰も分からないでしょうが」

「ロコ様、落ち着いてくださいまし……。リプカ様の目前でして――」



「…………」



 幼さ故の個性を爆発させる一同をぼんやりと見つめていたリプカは。

 天を仰ぎ、眉間を寄せて息を吸い込むと、誰にも負けぬ大音量で、大空へ叫び上げた――。



「こんなに人が増えたら、キャパオーバーで誰が誰だか分かんなくなっちゃいますよ――ッ!?」



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