第百十六話:いざパリピ
一息ついた後に、想定外の突然が待っていた。
帰還したリプカを真っ先に出迎えたのは、婚約者候補の王子らではなく、アリアメル連合民の若者たちであった。
突如として日常に現れた
好奇をもっていま青春を駆ける彼等は、年寄りの臭い言葉を使えば「青春の風の煌めき」とでもいうのか、とにかく勢い凄まじい底抜けな明るさをして、礼節の上辺とは対極にある、特権たる輝かしき距離の詰め方で歩み寄ってくれた。
自分一人が大勢に囲まれるという経験は、生まれて初めてではなかった。
だが、その昔に箱入り少女を囲んでいたのは、手に酒瓶やら、もうちょっと物騒なモノを構えた、ガラの悪い荒くれ者であった。内向的な道を歩んできたリプカにとって、手に武器を持ち淀んだ気を垂れ流してくる彼等に囲まれるよりも、それはよっぽどのアクシデントであったが――。
しかし――ここで、特訓の成果が出た。
アズナメルトゥの教え、其の一。
まず姿勢、とにかく姿勢、なにはともあれ、第一に姿勢の徹底ッ!
姿勢とそれに伴う仕草さえ際立って美しければ、会話に多少言い淀みがあったところで、その人が特別な人間であるように、目に映るものである。
――アズの教えは正しかった。リプカの元に集まった若者たちは、まるで情景を覗いたような眼差しで、ドレスを装いとする微笑む淑女を見つめていたのだから。
あの、自身では幼子のようにしか見えなかった少女をである。
だが……
情けないところを見せれば落差で転落。
しかしこのままだと「うふふ」しか口にできず、お嬢様ってそうなの!? という謎印象を植え付ける結果に終わりかねない。
そんな折、若者の集まりの向こうから、王子らがこちらに歩み寄ってくるのが見えて、リプカは慌ててそちらにヘルプサインの視線を向けた。
――するとそれを受けたクインが、顎に手を当て僅かだけ考え込むと、素早くハンドサインを返してきた。
「《もうちょっと、そやつらと話してみろ》」
「《え……えっ!?》」
瞳の具合で雄弁に戸惑いを表すと、再び指示が飛んでくる。
「《時間はあるから、お前だけで話してみろ。メシでも誘ってみればいい》」
「《――――嘘でしょう!?》」
リプカは大変な動揺を瞳の内のみならずで表したが、しかし、クインは呆れたように鼻息を吐いて顔を背けたきり、それ以上の返答はしてくれなくなった。
思わず、情けなくも全力で助けを乞う心情で、慌ててアズとクララのほうへ視線を飛ばしてみれば――どうしたことか、二人揃って僅かな逡巡を見せた後、「リプカちゃん、ガンバッ!」「リプカ様、頑張って……!」といった、突き離すような応援の意を送ってきたではないか。
――リプカは理解した。
これが、彼女等が課す、きっと重要な意味を持つ授業の一つであることを。
――どうしたの? と、囲いの一人に、小首を傾げた窺いをたてられて――。
リプカは覚悟を決すると、笑顔を浮かべて、囲みを作った皆に、声をかけた。
「皆さま、よければ、これからご一緒に、お食事でもいかがでしょうか……? 皆さまと、もっとお話ししてみたいです、このアリアメルのたくさんを教えてほしいな。美味しいお店を教えていただけると幸いです。私の知らない、皆さまが望んだアリアメル、その日常景色のお話を、ゆっくりお聞きしたいです。私自身のことも、些細ですが、その、話のタネになることも、あると思いますし」
――集まった皆が、ワッと湧き立った声を上げた。
「まるで石膏像が動いているような有様だな、あれは」
皆に囲まれ、むしろ慕われた雰囲気の中であるのに何故かドナドナに見える後ろ姿を見送りながら、クインは端的に、そう評した。
アズもリプカの、事情を知っていれば冷や汗が透けて見える背を見送りながら、心配の声を漏らした。
「リプカちゃん、忘れてる大切なことに気付いてくれるかな」
「まあ、大丈夫だろう。一度気付いていることであるし、難しくはないはずだ。気付かなかったら鞭振るって締めてやる。――さて」
クインはリプカたちの行き先から目を逸らすと――青筋が浮いた怒りの表情で、ビビのほうへ視線を向けた。
「では、こちらの予定をこなそうか。楽しい楽しい、スポーツの時間だ、アルファミーナの。逃げるなよ……しっっっかり締めてもらって来い。なんなら私がボートの運転を担ってもいい、いたぶらずに一瞬で絞めてやるから」
「ま、待て待て待て……! じょ、助言の話はどうなった!? スタントは専門外なんだ――!」
オラッ、行ってこい! というクインの怒声も届かないほど皆から離れたところで、「おほほ」と繰り返す序章を見せながら、リプカの孤独な挑戦が始まろうとしていた。
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