レクチャー・地獄のブートキャンプ編4
「オラッ、このダンゴムシ、こんなことでは今日という日が一呼吸の間に暮れてしまうぞッ!」
「う、うぅうう……」
「リプカちゃんスゴイッ、ここのところの覚えはもう完璧だねっ! えらいっ、頑張れる子ッ」
「え、えへへへへ……」
「こやつ褒めたほうが伸びがいいな」
「リプカちゃんスゴい凄い、頑張って、リプカちゃんならできるよ、私は知ってる、ほらリプカちゃんなら出来たっ、見て、ちゃんとできてるよっ」
「いいぞダンゴムシ、お前は上等なダンゴムシだ、その調子で次もいけるぞ、オラッ、こっちを覚えられたんだからコレもできる――!」
「えへへ……ふ、ふひぃ……ふひゅ――……! ぐにに…………!」
「ガンバレーーー!」
「最後まで付いててやるから気を確かに最後まで這い上れェ!」
たった半日と三日。
しかし、ある種鮮やかなほどに時間は色濃く、リプカはそのときの匂いさえも、永遠に記憶に残る、そんな予感を覚えた。
「……ク、クイン様? な、なんですか、その、鞭みたいな短い棒は……?」
「あ? だから、鞭じゃよ。褒められるだけだと思ったか、覚悟せい」
「いやぁあッ!!」
「姿勢ッ!」
「ア゛ーーーーーッ!」
……もちろん、地獄のブートキャンプである、美しい思い出だけではなかったけれど。
それらも含めて、全て全てが――。
「事を荒立てたくないときの反論は、イエスバット話法で! まずは相手方の言い分を受け入れて、文脈における『しかし』で繋げる、それから、こちらの考えを提示するのです!」
「感情で戦うことは、場合によっては意味に繋がるが……しかしポストの立場でそれをやるのは大きな間違いだ、場に混乱しかもたらさん。今後どんな命令体系が組まれるか分からんから、一応、覚えておけ」
「お腹の下らへんで逆三角形! そう、その大幹を意識する! リプカちゃんは元々大幹が特別良いから、すぐに習得できるはずっ! はい、逆三角を支点に背筋を伸ばすっ! ――その時々のスタンスを姿勢で語れるところまで学んでもらうよッ」
「戦わずして勝てッ! これが究極にして、現代においては最も用いられる手段だ! 手札や状況で相手の戦意を折れば、大きな戦果が見込める! だが戦うときは、慎重を期したなら、あとは躊躇わず戦え。しかし――戦いの道中や最中でも、慎重を期することは忘れるな。
これはニュアンスで理解するしかない、一見矛盾する心構えを自己の中で組み立て成立させるのだ!」
「ぐぬ――ぬぅあぁああ……――――ッ!!」
頭が焼け付く感覚を覚えながらも、必死に喰らい付いて、それらを喰らって。
お腹を壊しそうになりながらも。
砕いて飲み込んで消化して、それらは確かな血肉となり、一日一日と、リプカは“新しく”なっていった。
必要なそれら全てを備えた好機の
そうして。
半日と三日後――。
「――まあ、基礎の基礎は叩き込めたであろう。無理の限界点に旗を置いたような地獄の詰め込み教鞭によく耐えたな、少しばかり見直したぞダンゴムシ、ようやった」
「リプカちゃん、偉いッ! 本当に偉いよ……。意思が、強い願いが無理を、限界点を覆すんだって、私初めて知った。リプカちゃんは、本当にスゴイッ!!」
「……………………メ。」
二人にお褒めの言葉を頂いている、床に投げ捨てられた一つの物体。
それは白目を剥いて、ドロドロになって溶けて広がる、ギリギリ人体の形を保った灰の形。
あまりに新しすぎる新生リプカの姿が、そこにあった。
全て全てが真っ白白。
白無垢のように清々しいものがあるけれど、白灰になった脳髄の軽さと、腹の底に据わった芯が燃え尽きたような虚しさが、なんだか物悲しい。
人間、やればできる。
でも、極力それはやっちゃいけないんだなぁと、リプカは最後に一つ、そんな真理を知ったのだった。
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