リプカの大宣言・1-2

「――さあ、今度こそ、お別れの時間のようです。もう時間もありませんから、急いだほうがいい。明かした通り、私は大人数が不得手ですので……失礼ながら本日はここで、お見送りさせてください」

「あ――申し訳ない、このあとにご予定がありましたか……?」

「いいえ、時間がないというのは、不躾ながら、貴方様の事情を慮ってのこと。もうすぐ、貴方様が【妖精的基盤症状】の治療を望むにあたって頼った、妹君であらせられるところのフランシス様から、連絡が届く頃合いでしょうから」


 シュリフは表情変えずに、淡々とした語調で、そう告げた。


 リプカは、「ああ、そういうことですか」と納得しそうになったが――ぎょっと飛び上がり、シュリフを見つめた。


「どうして――?」

「不気味に思うでしょうが、それが私のつねですから」

「…………」


 不気味に思うでしょうが、という枕詞をわざわざ冠しての打ち明けに対し、甚だ失礼ではあったが――どうしたってそれには、驚愕の伴う不気味を思ってしまった……。


 本日の朝、ビビから【妖精的基盤症状】に関しての、どうしようもないその内実を聞いたそのときに、悩まず出した、その答え。


 であれば、それしかないと。


 諦観をも内包した――唯一無二にして絶対の方策。

 フランシスに頼る。それだけのことだった。


 そういったわけで、皆に今抱えている事情を明かし、協力を乞うその前の、いの一番に、フランシスへ「頼りたいことがある」という旨を記した書状を送ったのだった。


 リプカはコクリと息を飲み、緊張で若干、手を震わせながら……シュリフに問うた。


「ミスティア様は、フランシスに頼んでの、その結果さえも、ご存じなのですか……?」


 果たして――シュリフは頷きの代わりの微笑みを、リプカに返した。


「はい、私は、【未来視】の予測範囲ではありますが、その結末に想像を及ばせております。――フランシス・エルゴールは、それをたった五日で成すでしょう。事情によりそれが先伸ばしにされることがあろうと、どうあっても、七日以内には、その方法を確立する。それはきっと、確かなことでしょう」


 矛盾を孕ませながらも是を断定した予想外の返事に、リプカは「やっぱりフランシスは、凄い……!」と胸を弾ませたが――その情緒は瞬間で萎んでしまった。


「あ、貴方様は……」


 茫然の声が、震えて漏れる。


「貴方様は……【妖精的基盤症状】の治療方法を――知っている?」

「いいえ、私が知るのは、フランシス様がそれを成すだろうということまでです」

「け、けれど……解決策が見つかることは……知っていて……?」

「はい。それを、ずっと昔から知っていた」


 ――また少しだけ、その人柄に近付いたと思ったのに。

 遠のく。どうしようもなく。


 リプカは頭を押さえふらつきながら、今一つ、もう分かりきっていながらも、どうしても問わなくてはいけないことを、恐る恐るに……問うた。


「ミスティア様。ミスティア様の見た未来に、貴方たるミスティア様は…………いない?」

「はい」


 短い、明瞭な答えに。

 リプカは、大きくよろめいてしまった。


 シュリフはなんでもない微笑みの表情のまま、詳細を明かした。


「私と貴方様とは、この先でも幾度か、お会いできることもある。そして節々の末、私と貴方様は口付けを交わし合うでしょう。――そして貴方様は、私と云う存在の意味を知る。貴方様は悩むでしょうが……最終的に、私へ、お別れを告げに来てくれる。それが、私の見た未来」


 想像の及ばないところはあった。

 だがその語りに、どうやら嘘はないようで。


 俯き、歯を食い縛り、じっと考えた。歯を食い縛って――そうしていると、クインにはたかれた頬がじんわりと熱をもって、ヒリついた。


 リプカはハッと顔を上げた。

 また、考え込んでいることに気付いた。出かけに、あれだけの激励を貰ったというのに。


「……質問です」


 自身の不甲斐なさも、背を押してくれる彼女等に対する心強さを思えば苦笑の息で吹き飛んでしまうくらいの些細に思えて、リプカは迷いのない瞳でシュリフを見つめて、一つ問い掛けた。


「四度目の予想外。本日の出会いがしらに、ミスティア様はそうおっしゃりました。それは、私のなんらかの行動が、ミスティア様の見た未来想像における、予兆にない予想外であった、ということでしょうか」

「それは、その通りです」

「では――それをもって、未来想像の全容に、多少なりとも変動が現れた、ということはありましたか……?」

「多少ですが。まったく新しい道が現れた、というわけではなく、レールが切り替わった、というイメージの変動ですが、そうですね、それにより私の未来予測は、多少なりとも変動しました」

「…………」


 シュリフの答えに、リプカは小さく頷いて。

 大きく深呼吸をすると。



 ずびし、とシュリフを指差した。



「…………?」


 小さく首を傾げたシュリフへ、リプカは挑戦するような、知れた程度ではあるが圧のある表情を向けて、宣言するような声高の声量を上げた。


「ミスティア様!」

「はい」

「私は、貴方様がどのような選択を取るのだとしても――機会を得られた暁には歩み寄り、貴方様とも、きっと、隣人たる友人の関係性を繋いでみせます。貴方様が、どのような選択を、選び取るのだとしても――!」


 不格好に、わざわざ腕を振り上げて二度目の指差しをシュリフへ突き付けながら、一層に力のこもった声を発した。


「その先にある、どのような結末も受け止めてみせます。けれどそれは、私と貴方様が、未来想像を越えて仲良くなったその先でのお話。やるべきことを越えてみせる! 未来に絶望はしません。ミスティア様、このアリアメルに居る間に、私は、貴方様が頼りたくなるような私になってみせます――!」


 ――リプカの大宣言に。


 シュリフは、愉快を心待ちにするような、心底に明るい微笑みを浮かべて、初めて、その声自体に確かな情のある返事を返したのだった。


「ええ、楽しみにしております」



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