諦観と特別・1-2
セラの瞳が見開かれる。
――それは酷い告げ事だった。
形はどうあれ胸襟を開いてくれたセラに対して、よりにもよって返したのが、信頼を裏切るような
だがそれを打ち明けたリプカの表情にあるのは、どういったつもりであるのか、揺らがぬ気丈の真っ直ぐであった。――局面にそぐわぬ淀みのない直情の瞳で見つめてくるリプカを、セラは、吸い込まれるような釘付けの視線で見つめ返していた。
「お恨みに思うことも無理からぬことです。しかしセラ様、私は貴方様が、どんな事情を抱えていようと――」
殴られてもしかたがない。――覚悟していたことをも受け入れる姿勢で立ちながら。
リプカは、瞳を大きく見開いて、敵対してでも叶えたかった望みを、言葉にして伝えた。
「それでも私は、人の計り知れない鬱屈を抱えた大切な
セラの口元が、半開きに開く。
リプカはセラの手を、なお一層に、ぎゅっと握り締めた。
「人の最も
一人で解決できることと、そうでないことがあって、故に再び立ち上がる者の元には、必ず手が差し伸べられるものです。それは記憶に魂の断片を置く誰かであったり、あるいは心情の具現である鏡向こうの自身であったり、そして現実の、隣人たる、その者であったり……。
――どういった思惑があったのかは、計りしれぬところです。しかし貴方様は、沢山の機会の折に、
一方的な思いであろうと、
立場もない。
優劣ない、ただの言葉。
「どれだけ卑しくとも、貴方の隣人たりえる者でありたいと願うこの心に嘘はありません」
そこで言葉を切って、口を閉じ、セラを見つめた。
リプカの言葉を受け取ったセラは――。
口元を苦笑の出来損ないのような形にして、短く、口端から息を漏らした。
そして――諦めの情にどこか似た、すっかりと強張るところが落ち抜けた麗かの顔つきでリプカを見つめた。
「――もしも【アイリーン】が私の前に現れることがあったのなら、私は、その前に跪いていたのかもしれません……」
ぽそりと漏らしたその独り言の意味は分からなかったが、宙を見つめ、そして再び合わさったセラの瞳には、鬱屈の暗がりの割れ目から覗く、まっさらな白い空のような……そんな色彩が輝いていた。
「リプカ様、一度は助力を辞した身で、甚だ厚かましい無恥であること存じておりますが、どうか、そのお力をお貸し願えませんか……? ――お願い致します」
――もちろん、この一連のことですっかり心を開いたわけではないだろう。
全てを受け入れる気構えで両の手を広げているわけではない、未だ踏み入られることを拒むところのほうが多いことは承知している。さながらこれは、納得というより、降参である。
それでも……先程から肌とで触れ合っているにも関わらず、一向に温かくならない、冷え切ったセラの手を思いながら。
いまは不完全な不格好でも、この局面で約束を取り付けることができたことに、内心汗を拭うような心情で、安堵に震えた一息を漏らした。
話を交わす中で、あの夜、シュリフに告げられたことを思い返す間もあった。
『――近々このシィライトミア領域で、クリスタロス家が主催する社交界が開かれます。そこへ赴き、そこで、アリアメル連合の在り方を観察してください』
『そして、貴方様自身が答えを出したそのとき、セラフィに会いにいってやってください。私はそれをお待ちしております』
……未だ、シュリフの言う“答え”というものが、なにを指してのことであるのかも、判然としない。
けれど、来るのが早すぎたとは思わない。
シュリフの予言は、答えではない。私は私の願いに沿った道を選択した。
今日、ここを訪れて、本当によかった。
心の底からそう思えたから。
――拭えない不安はあった。多くの分からないこと、謎が深まったこともある。
セラの胸中にある思いの正体が、未だまったく見えない――どころか話を聞いた中で、その情緒に対する理解は、ますます離れて遠ざかったイメージすらある。
だが、それでも――。
(きっと、大丈夫)
助けを申し出たリプカから、「ありがとう」とセラに礼を伝えながら。
一歩を踏み出せたことに、リプカは希望を抱いた。
――――セラの心情に対する理解、それはどれだけ努力しても及ぶものではなく、その積み上げようとした努力の全てを手放したときに初めて対面できる、鏡向こうの事情であることは、今は知らずに。
(きっと、大丈夫――!)
暗がりの裂け目から覗く、まっさらな白い空のような色彩が、それもまた絶望の色であることには気付けずに。
少女は自らを鼓舞するように思いながら、それこそ光のような強い意思を瞳に湛えて、また、それと同等の輝きを、世界を見取る瞳に映していた。
セラフィ・シィライトミアとの、対面の機会が迫っていた。
箱入りの少女が、鏡に映ること無かった自身の姿を、覗き見る機会が。
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