大馬鹿者の答え・3

「代替条件は……まあ確かに、過不足ないものであった」


 そんなこんながあって――。

 シィライトミア邸到着から時間を巻き戻して、それは邸宅を目指す馬車に揺られての会話であった。


「まあ乗ってはやったが……約束は果たせよ? 敵方九割の駆逐である」

「もちろんです」

「……お前、今回の取引の提案――どこまで分かっててやった?」

「…………? どこまで、とは……?」

「…………。……まあいい」


 フンと鼻息を吐き出し、クインはそっぽを向いた。


 やがて街並みの造りに変化が現れ、小奇麗な雑木林が姿を見せて――二人並んで馬車を降りた、今現在に至る。


「しかしまあ――」


 クインは、ふと思いが漏れ出たように呟いた。


「お前、ほんと、馬鹿じゃな」

「…………」


 罵倒というより、ただ単純な感想といったふうな吐露に、リプカはショックを受けるでもない素面の表情のまま、特になにも返さなかった。


「お前、ほんと、馬鹿じゃなぁ」


 悪意を感じさせない呟きが二度繰り返されても、まるで受け入れるように反応せずに。


 リプカは歩調を緩め足を止めて、塔を模した邸宅の高い窓を、今まで受け取ったことのない異質な視線を感じた、遥か遠い場所を――じっと見据えるように、見上げた。




 ◇




 塔の上から見下ろせる、その景色。


 来訪者の姿を視界に捉えると、シュリフは――彼女に似つかわしくない、ポカンと呆けた表情を浮かべた。


 そして――。


「――――――――アハ」


 眼下の景色を、目を細めて見つめながら。


「アハハ――」


 落ち着きの中に、鮮やかな“女性”が煌めき輝く、色香のはなやぐ笑顔を浮かべて。



「アハハハハハハ!」



 上品に、しかし心底可笑しそうに――心身の根源から湧いたような、自然な笑い声を上げた。


 まるで生まれて初めて笑ったかのように、ぎこちなく興奮した体を動かして、目尻に浮いた涙を不器用に払いながら――シュリフは、眼下に広がる光景に、じっと見入り続けた。


 胸内に訪れた、新鮮な情緒に、クツクツと小さな笑いを立てながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る