花それ麗しくも、香りが過ぎれば息苦しい・1-3

「ヤベっ」といったような表情を浮かべたアズ。

 クインは「フン」と鼻から息を吐き出して、傲然と言い放った。


「私は初日からずっと、そこのダンゴムシと就寝を共にしておるのだ。寝食を共にすることは夫婦の営みとも言うし、今からそれをやっておこうとな。理由はそれだけだ、今晩もここで眠る」


 ――逡巡を浮かべたが、結局そこに留まったアズの友情は、本当に大したものであった。


 部屋が凍り付いた。


 クララは微笑みの表情のまま固まり、存在を白く染めた。


 リプカはといえば、焦りで脳髄を白染めにホワイトアウトしてフリーズしている。最悪なことに、思考の直感回路ともいえる内向スペースに浮かんできたのは、意味を成さない言い訳であった……。


 そして時が解凍したそのとき、クララは見たこともないほどの気迫を表情の陰影にして叫び上げたのだった。


「な――なにを――――――なんだってッ!? いま――クイン様、貴方はいま、!?」

「うおっ。コイツ、こんな大声出せたのか……」

「馬鹿なッ――!? 聞き間違いだと願ったッ! ――クイン様、貴方は、蝸角之争かかくのあらそいも一興のある今この現状を終わらせようというのですか!?」


 凄まじい威圧感で迫るクララに身を引きながらも軽くあしらい、寝支度を整える手を止めず、クインは「フン」と鼻を鳴らした。


「私はガチじゃないから別にいいんだよ。こやつとは婚約を結ぶつもりだが、しかし婚前に不貞を働く気はない、私はオルエヴィアの女である」

「そんな理屈はあり得ませんッ。わ、私の知らないところで、!」

「そのテンパりの過ぎた、妙なスタッカート口調をやめろ。少し落ち着かんか、顔が林檎のように赤く染まっておるぞ」

「公平性を求めます! 今晩は私もここで眠りますッ!」

「お前が一緒に寝たら、それこそだろうがッ! 隣でおっパジめらるなんで最悪すぎるじゃろがッ! 自室で寝ろ!」

「しません婚前にそんなことッ!」

「じゃあ聞くがな――おい、私の目を真っ直ぐに見て答えろよ……?――私が眠る隣で、になっても、絶対なにがあっても手を出さないと……誰しもの人が内に抱く最後の誠実たる魂に誓って、そう断言できるんだな……?」

「……………………言えます。」

「私の目を見て答えろボケェ! ほぼ真横向いてるだろがッ! ――ハイ、話は終わりだ。……寝所を共にするに至った経緯は、あとで……そやつから聞け」

「――ずるいずるいずるいずるいッ! そんなのもう、ほとんど結婚じゃないですか! 認められない、それだけは認められない――! それを認めたら、ほぼ終わりですッ」

「お前がそれをしたらになるからこっちこそ認められないと言っとるんじゃッ! オイ、私はオルエヴィアの誇りに誓って言うがな、婚前の不貞など絶対に働かないと断言できるのだ! ええい、目を瞑れェ」

「駄目駄目ダメダメダメ! ここが分水嶺です、絶ッッッッッ対に認められませんッ! ――クイン様がそういった手段に出るなら、!」

「おいダンゴムシッ、コイツ、お前のことを襲おうとしてるぞッ!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。……クイン様、あまりそのように、在り様の繊細たる問題に対する無遠慮が過ぎれば、令嬢としてはもちろん、人としての品格も疑われる卑俗と取られてしまいますよ?」

「言ったな、私の目を見ろォッッ! ――お前はいま、を言ったわけでは、断じて、誓って、信仰の御心に顔を向けて尚、ないというんだな!?」 

「………………ないです」

「オイッ! あり得んッ、コイツ、堂々と道徳を盾にしおった、最低である! ――聞いたかダンゴムシ――なに顔を真っ赤に染めとるんじゃアッッ!」

「あの、あの、私は、あの――」

「リプカ様……」

「――婚前というのは、少し……」

「――――」

「ザマミロッ」

「あの……でも――! …………い、嫌と、言う訳では、なかった……です……――」

「――――……」

「――なーーーにを言っとんじゃお前はッ! なにを聞かされてるんだ私たちは! ――おい、熱に染まった上目遣いを見て表情を消すのはマジっぽいからやめろエレアニカの!」

「――――――――。――――リプカ様、私は……――」

「――――オィイコイツ顔がマジだ、おっぱじめるつもりか!? オ……は、離れろォッッ!」

「ハイ今日はこれで終わりッ! クインちゃん――クララちゃんも! ここは私の顔を立てて! ハイ、解散解散解散!」


 花それ麗しくも、香りが過ぎれば息苦しい。


 花で満ちれば尚更である。


 絢爛の絢がかすれた盛り、地獄のような騒乱模様は、アズの奮起たる宣言により、なんの解決も見せない強制終了の道を辿った……。



 

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