【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
令嬢クイン・オルエヴィア・ディストウォール・1-3
令嬢クイン・オルエヴィア・ディストウォール・1-3
「さあ皆さま、ここらで少し、踊りましょうか! さあさあ、お若い人も固くならずに、楽しんでくださいな!」
舞踏会の時間がやってきた。
和やかな雰囲気のまま、会場はガヤガヤと、ちょっとした上気に包まれた。進んで声をかけたり、声をかけてもらって微笑んだり。
当然、クインにも声がかかった。
真っ先にクインへ申し込んだのは、軽やかな輝く茶の髪が若々しく、目元の隈が色っぽい、二十の歳半ばと思われる美系の男性であった。
「アルタ・スペノグラスと申します。クイン・オルエヴィア・ディストウォール様、どうか私と一緒に一曲、踊ってはくれませんでしょうか?」
「まあ、もちろんですわ! ――休憩のドリンクの後にいかがでしょうか?」
「もちろんです。楽しみにしております」
両膝を揃え、軽くお辞儀した男性に、クインは微笑み頷いて、そう告げた。
はて、では、彼女は最初に誰と踊るのだろうかと、内心皆が首を傾げている前で――クインは自ら、一人の男性をダンスにお誘いしたのだ。
皆それを見ると、一様に、清々しく温かな笑顔を浮かべた。
「マーハッタン様、ぜひ私と一曲、共に踊ってはいただけませんか?」
「――おお、もちろんです。ご一緒できるとは光栄な機会だ」
海向こうでは勝手の違う国もあるようだが、女性が男性を誘うことは別段珍しいことでもない。マーハッタンは紳士的な笑顔で快く、クインのお誘いに応じた。
テーブルが退けられ、中央に十分なスペースが設けられた。
舞踏会といっても畏まったものではなく、あくまで社交界の雰囲気と地続きの、和やかなものであるようだった。見ればアズとクララも引っ張り凧で、リプカはどこに注視していいやら、迷った。
視線を慌ただしく彷徨わせていると、クインがクリスタロス夫人に、何かお願い事をしている場面が目に入った。リプカは首を傾げた。――自然と、クインへ注目していた。そしてそれは、学びにおいての正解であった。
曲が流れ始めた。
綺麗に男女で別れるということもなく、男性同士女性同士での組み合わせも至って普通というように多くある中、皆が一歩を踏み出そうとしたが――一曲目だというのに幾ばかりかアグレッシブな曲がレコードから流れてきて、皆、おや? と不思議がった。
リプカはすぐに気付いた。
(クイン様のイメージと、なんだか合う曲だ……)
そしてすぐに、皆もそれに気付くこととなった。
クインは初めから大きな動作で踊り始めた。その若干マナー違反な所作に、マーハッタンは「おっと」と多少面食らって足を踏み出したが――クインの勝ち気の中に妖艶の宿る微笑みの表情を目にすると、思わずハッとしたものを表情にして、慌ててクインのリードに付いていった。
「――ありがとう、マーハッタン様」
マーハッタンへ宛てたその語りは、とても強い情のこもった声で。
じっと耳を澄ませるリプカの元にも、ぎりぎりではあったが聞こえてきた。
「貴方は付き人もない私に声をかけてくださった。おそらく、何らかの企みがあることをも、薄々察していたであろうというのに。貴方がいなければ、私は本当に一人寂しく、隅で過ごしているしかなかった。貴方が切っ掛けをくれた。その心遣いは本当に嬉しかった。――私は、本当に嬉しかった」
――そして、曲の盛り上がりと共に、クインはそれまでとも非にならぬ大きな動きをもって踊り始めた。
それによってマーハッタンが振り回されることはなかった。まるで魔法のように、艶やかに踊るクインはマーハッタンの腕の中に在り続けた。
会場から感嘆の声が、いくつも重なって上がる。
大きなステップで、時に首を反って、炎のように華麗に舞いながらも、マーハッタンの手を取り続けて踊るクイン。
そうして踊る中で、クインとマーハッタンの目が合った。
意思の輝きに溢れたクインの瞳と目を合わせた途端に――マーハッタンの姿が、若返って見えた。
力と気力に溢れ、体も軽やかに、無垢を取り戻したように透明な心のありようで――ただただ、目の前の女性と何も考えずに踊る。――それは本人の情動が表す夢幻だけに留まらず、見る者にさえ、その情景を映し出させた。
「私は今日という日を忘れません」
マーハッタンと目を合わせながら、クインは微笑み、そう告げた。
――きっとマーハッタンという一人の
たった一夜、踊りを共にしただけの女性を。
リプカは理解した。その圧倒をもって学んだのだ。
得意を活かして立ち回ることは大切である。
上品で美しい言葉や話術も。
礼節のなかに宿る、優雅で上品な振舞いや出で立ちも。
機知に富んだ明晰な頭脳も。
思いのままの物質的欲求を満たすことのできる潤沢な財力も。
会話やしぐさなどに自然と滲み出る、上流社会人としてふさわしい品格も。
――だが最後は、自身の真骨頂という、最後の手札を切らなければならない。
つまり、自分自身の姿そのものというものを。
難しい問題だった。だが、そんなものが存在するのかと疑念を抱くようなステージにあっては、社交界において、賜餐の栄光に浴することはできないのだろう。
最後は小手先に頼らず、真実を見せなければならない。
リプカはそれを学んだ。
――曲が結ばれた。
大きな拍手が起こった。
クインはマーハッタンに微笑みかけ、そしてマーハッタンもまた、数秒をおいて、もう四十という男が――心の底から花開くように、微笑んだ。
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