リプカの秘密・1-4

「んー……でもさ、実行に踏み切るかを決めるのはリプカちゃんでしょう? のっぴきならない状況だったら、それも仕方ない――」

「それなら私にも口を出す権利がある」


 アズの諭しに、クインは胸を張り上げて答えた。


 ティアドラが「来たよ」というような表情を浮かべた。


「なにせ私は、『当主代理補佐』の役割を担った者だからな」


 そしてズビシと、アズに指を突き付けた。


「お前ら木っ端とは違うんだよォオオォッ!」

「ンナ、ナニーッ!? ――当主代理補佐役ってなんだッ!?」


 その、確かに一聞しただけでは意味不明の過ぎる役職の宣言に、アズは動転し慄いたように後ずさりした。


(そ、そういえば、まだそのことを伝えていませんでした……)


 リプカは胸内で内省した。


「フン、ダンゴムシ、説明ッ!」

「あ、は、はい――!」

「いやなんで当主が雑務を押し付けられているんだ」


 ビビの突っ込みはなかったものにされ、リプカの説明が始まった。


 話が進むにつれて、アズの顔が微笑みのまま歪んでいった。


「――と、いうことがありまして……」

「……リープカちゃん?」

「は、はいッ!?」

「このことは、ちょっと後でゆっくり話し合おうね?」

「はっ、はいっ……」


 珍しくちょっと本気の入ったアズの剣幕に、その微笑みの形なのに圧のある顔に慄きながら、リプカは情けなく”きをつけ”しながら返事を返した。


「まあ、そういうわけだ。お前と私では立場が違ァう! そしてまあ聞け、――私に考えがある」

「それもう三度目だけど大丈夫!?」

「黙ァれ! 今回は誑かしではなく、ただ事実を述べるだけだ!」

「誑かしって公然と公言した……!」


 アズの突っ込みに臆することなく、クインは話を続けた。


「今回の晩餐会には、私、エレアニカの、パレミアヴァルカのが出る。ダンゴムシ、お前は私たちの付き人として同行しろ」

「つ、付き人?」

「そうだ。もちろん身分は隠す、絶対にバレるな。そしてその晩餐会の場で、その空気感やらなんやらもそうだが、私たち三人のこともよくよく見て観察して、分析して考察しろ。幸いなことに三者三様に必要なモノが違ってくる。この観察一回で数十回分の実戦価値がある、実戦に勝る価値はないなんて価値観は捨てろ、とにかく、見て観察して分析して考察しろ。そうすればパレミアヴァルカからの教育も、数倍速度で飲み込めるようになる。……異論がある者はあるか?」


 話を区切り、威圧を放つでもなく本当にただの意見窺いという調子で、一同に問うた。


 ――クインの確認に、否定を唱える者は一人もなかった。

 アズもクララも、クインの論弁に、お互い、疑いのない納得を浮かべていた。


「……確かに、それができたら、それが一番いいね。三者三様に必要なモノが違ってくる――まさにそうだ、考えてみれば、おあつらえ向きな集まりだね。だけど……リプカちゃん、それで大丈夫なのかな?」


 アズの疑問に、リプカも頭を悩ませた。


 ――シュリフは、リプカへ晩餐会の招待状を手渡し、『そこへ赴き、そこで、アリアメル連合の在り方を観察してください』と告げただけで、それ以上の細かな指示は口にしなかった。誰々とお話ししてみてくださいといった助言もなく、あくまで、そこへ赴いてほしいと言われただけ。あの異次元の才を見せた彼女が――。


 選択は自身で。勘ではあるが、リプカはそこから、そのようなメッセージを読み取った。


「――私の至らなさ故に不明瞭多く、悪戯に惑わせてしまってごめんなさい。ですが、それで問題ありません」

「ん、そかっ! なら、私もクインちゃんの提案が最善だと思う。私には考えもつかなかったけれど、それは確かに――最短ルートかも」

「そうですか。…………。――クイン様、失礼ながらお尋ねすることを許してください。……信じて大丈夫ですか?」

「ブッ飛ばすぞ。言ったであろう、お前の目的と私の目的は今回、共通しておるのだ。私の力を信じるというのなら、信じろ。それ以上は何も言えん」

「失礼しました。――もう一つ、お尋ねしたいことが。クイン様個人としては、私がより十全な準備をして御披露目デビュタントを飾ることが肝要ということでした。しかし……クイン様の個人的な利の問題と捉えるには、事を急いでいるように感じました。私のための配慮だとすれば――もしや、それはセラ様の助けにも繋がることなのでしょうか?」

「むしろ最重要の課題になるわ。アリアメルのを助けるつもりなら、社交界の渡り方は避けて通れぬ試練となるだろう。迅速はどうしても必要となることだ」

「そ、それは何故でしょうか……?」

「それはな、アリアメルのがどんな事情を隠したがっているのかは知らんが、それを成すには、社交界でシィライトミア家から関心を逸らすべく働きかけるしかないからだ」


 セラがとある事情を隠したがっているという、事情。

 クインはそれを簡単に言い当てた。――もっとも、さすがにそれは、他の各々方もほとんど確信をもって察していたことではあったが。


「貴族社会はほとんど横繋がりだ、特にアリアメル連合ではそれが顕著である」


 ――それから、社交界がとても盛ん! 他の国より明らかに多く、お互い顔を合わせるお国なんだよ!


 連合境界稜線前の車中で、アズに教えてもらったことが思い返された。


「つまり、誰かが不貞を働いたり、そうでなくとも妙なところがあれば、瞬く間に界隈中にその噂が広まってしまうわけだ。それを防ぐには自らが界隈の場で、まるで潔白であるような振舞いを見せる他ない。ポーズでも、不審なところのない通常営業のさまを見せれば、人はそれで安心して、その人に対する下衆な勘ぐりへの関心を薄れさせるものだ。その上で注目の視線を他に反らし、関心を逸らすトレンドの流れを作れれば言うことないな。フン、アリアメルのはおそらく、それを成すだろう」


 クインはしかめっ面で、しかしそれを言い切った。

 そして、ビシッとリプカへ人差し指を突き付けた。


「そしてだ、アリアメルのの助けになりたいと願うなら、お前は少なくとも最低限、いま言ったことをこなせる程度の実力を身に付けねばならん。そうしなければ助けになどなれないからな。参上したと思ったら、思いやりだけピヨピヨ喚くヒヨコの囀りなど、ありがた迷惑だ。これからアリアメルのは社交界を回り、隠し事から関心を逸らすための画策に走るだろう。僅かな不審も妙に思われるのはすぐだ、時間との勝負のデスレースが始まる。ウィザから戻ってすぐに動くのも妙であるから、奴が動き出すのはもうすぐだろう。アリアメルのが他の事にかまける余裕はしばらく無いと見たほうがいい、分かるか? お前は今回、どうあっても社交界で鮮やかたる成果を上げねばならんのだ」

「う――ッ」


 リプカは思わず呻いてしまった。


 覚悟はしていた、していたのだが情けないことに、……成さなければならぬ成果の度合いが、想像を越えていた。

 まるで初めてピアノを触る子供に「ジャズを感じられる即興曲を弾いてみなさい」と言い渡すような超難度である。


 情けなく顔を青くするリプカの鼻を、クインはデコピンでペシリと叩いた。


「そこは心配しなくてよろしい。正直言って、このメンツで教え込めばそこまでは到達できる。これは確信である。だが……ダンゴムシ、時間猶予はどのくらいある?」

「え、ええと……」


 鼻に手を当てながら、リプカは考え込んだ。


 ――元々、【眠り病】として虚実を流布して形作った、城構えの基盤がある。

【眠り病】のは、五日程の間床に伏し、目覚めないというもの。

 それは不自然を逃れる隠れ蓑が有効である、猶予と見るべき僅かな日数であるだろう。


「五日。とりあえず五日という日数が、セラ様に与えられた猶予、事から視線を逸らすための基盤を築く期間のリミットです。私たちの猶予も五日を見たい」


 ――そう、言いだそうとした。

 セラフィの助けになるために。


 しかしそれを口に出すすんでで、リプカは自らに待ったをかけた。


 そもそもの話。

 私はいったい、何を成そうとしているのか――?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る