第七十四話:【アルメア・アルメリア】のアルメリア領域にて・1-1

 街中を流れる水路を横切るための船は、【ゴンドラ】という名前であるという。


 残念ながらそれに乗る機会はなかったが、リプカはゆったりとしながらもなかなか操縦が大変そうなその様子を見て、自分もゴンドラに揺られているような気分になった。


 ルーネイト領域に住まう人々とすれ違うたび、物珍しげな視線を向けられた。

 クララ、ビビ、クイン、リプカと、それぞれお国の特色が現れた綺麗なドレスに身を包んでいるのだ、それは気になるだろう。

 いまは普段着姿のアズと、ジャケットを羽織った格好のティアドラも、その容姿風貌故に目立っていた。


「でも、リプカちゃんがいてくれるから安心だ。あ、それと、ティアドラさんも!」

「オマケで付け加えてくれて、どーも」


 アズの信頼に、リプカは微笑みを返しながら、少しだけ気を引き締めた。


 それを聞いて、クインはフンと笑うように、含みありげに口の端を持ち上げた。


「こやつらだけではあるまい。リリィさん、な。リリーアグニス、リリィ……お父上のほうに付いていなくてよいのか?」

「旦那様には、姉のリィンが付いていますので」

「フン、なるほど」


 リプカはクインの言わんとしていることを悟り、付き人リリィを見つめた。


 いまは運転手であった屈強な体格の男と共に、王子たちの荷を背負ってくれている。荷を背負ってもブレぬ歩み、よく鍛えられた肉体であったが……正直なところを言えば、あまり荒事に強いようには見受けられなかった。


 もっとも、まだ表通りを見ただけの印象ではあったが、アリアメル連合はとても治安が良いように見て取れたが。


「アリアメル連合だから、そうそう大事は起こらないカモだけど……気構えだけはしておこうね。私たち令嬢は、そういう類のガラの悪さには……うん……慣れてなくて……弱い、から……」


 アズは旅のメンツを見渡しながらに、言葉尻を萎ませ、苦笑を浮かべた。


 昔、治安の乱れたとある地域のとある場所で、ガラの悪い男共と【ナイフ・ホールド・ストレート】(互いにナイフを口に咥え、合図と共に、頭を動かさず拳を相手のナイフの柄に叩き込むゲーム)で勝負したことがある事をアズが知ればどう思うだろうかと、リプカはふと考えた。


「まあ間違いなく、いまこの領域で一番ガラが悪いのは、俺たちだろうな……」

「それ私も含まれてないよな?」


 クインの問い掛けは、なぜか誰の耳にも届かず消えてしまった。


 しばらく歩くと、アズが手配してくれたという馬車が待機しているのが見えてきた。


 見たこともないほど大型の馬が一頭繋がれており、客車はゆったりと広い。さすがに道幅の問題もあり手広とは言い難いが、それでもくつろぐに十分なスペースがあった。御者台には帽子を目深に被った女性が付いている。


「アズ様、本当にありがとうございます」

「ん、どんどん頼ってちょうだい!」


 一行は馬車に乗り込み、運転手の男とはそこで別れ、先へ進み始めた。

 水の国の街中が、流れるような景色になる。


「やっぱ速度は落ちるな」

「街中はどうしてもねー」

「橋も多くありますが、馬車で通過できるものでしょうか……?」

大商業線ウェイラインと呼ばれてる道筋は、ちゃんと道幅も確保されてて通れるようになってるから、大丈夫。ただ、その先は……もうちょっと速度が落ちちゃうかも」

「フン、ここからが旅の本番というわけか」

「この揺れ、お前アルファミーナの王子がいなかったら、ここでドロップアウトしてたかもな」

「オルエヴィアの女は、酒は吐かんッ!」

「水飲んで、これはアルコールではない、ってオチだろ」


 ティアドラの嘲笑とクインの怒声を聞きながら、リプカは街中の景色に目を移していた。


 談笑する人々の表情。露店の果物。ギッコギッコと、車輪を付けた板に取っ手を付けたような、見慣れない乗り物で滑走する子供。パラソルを差した座席で、食事を楽しむ人々。見事な大橋。母親の手を引き、自分たちの乗った馬車を指差す子供――。


 街中の景色は続く、続く―――続き過ぎる。


「街の景色が続きますね」

「そりゃ、ウィザ連合みたく土地が有り余っているわけではないのだ、お前の国みたく、せっかくの土地を道だけの荒野にしてほうっておくほどの余裕があるわけもあるまい」


 嫌嫌そうなビビに膝枕をさせて寝転ぶクインの答えに、リプカはハッとするものがあった。

 他国に出て初めて、自分のお国の特性を像で捉えることができた気がする。


「べつに気を揉んでも、こればかりは何が変わるわけでもあるまい。どっしり構えていればよい」

「いえ、街中の景色を見るのは、その、楽しくて」

「どっしり構えておるではないか……」


 クインの呆れ声にビビは眉を寄せて、「お前はどっしり構えすぎだ。足が痺れるからどいてくれ」と講義したが、クインは「庶民が口答えするな」とにべもなくそれを無視した。


 道幅が広がり始めても、まさか全速で馬を走らせるわけにもいかない。クインの言う通り、こればかりはどっしり構えているほかないようだった。



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