第七十話:再びの託宣・1-1
リプカは、とある街並みの中を歩いていた。
威勢の良い露店の客引き声。談笑しながらそれらの店を見回る、明るい顔の若い男たち。店先まで香る焼き立てパンの良い香りに釣られ、夫人の服を引き駄々をこねる子供の喚き声。喫茶の奥外テーブルで品良く話を交わす淑女たち――。
オルフェアの城下街に足を運んでいたのだ。気分転換に買い物でもと、そんな理由で賑わいの大通りを訪れていた。
ふと、どのようにしてここまで足を運んだのかという、よく分からないことが気がかりになった。
思い返してみればなんてことはなく、アリアメル連合へ向かうための自動車から降りて、三歩ほどの距離を歩いたところに城下町があったという、それだけだった。
流線形の車に、未知の溢れる国々への出立。世間の広大に思いを馳せていたつい先程であったが、実際に出歩いてみれば見慣れた場所も意外な近くにあり、リプカは存外狭い世間の妙に、なんてことはない、という安堵を覚えていた。
街中は、カラフルなシルエットのような人影で賑わっていた。
リプカは知った場所を歩くうちに、心に落ち着きを取り戻しつつあった。
――いつの間にか、大通りを外れた小道に足を向けていた。
そこもまた、なんだか懐かしささえ感じる、見覚えのある景色で――。
(ああ、そういえば、ここは――)
思い出した。
案の定、細道を進めば――露店というにもあまりに粗末な店構えの、占い屋が座を構えていた。
占い師は老婆ではなく、若い娘だった。
リプカはそれの前で足を止めた。
「お久しぶりっすね」
若い娘は、今日もイマイチ活力がない。
リプカは苦笑交じりに微笑み、「また会いましたね」と挨拶を返した。
「今日も、占ってもらおうかしら。……あ、でも、持ち合わせが……」
「あ、お代は結構っすよ。初回で貰った金額が、幾度かの託宣の、一括料金となってますんで」
「ああ、そうだったの」
妙に高いあの料金に納得を覚える。
「では、お願いしようかしら」
「はい。ちょっとお待ちくださいね……フゥ、準備しますんで……」
「あら……今日はなんだか、少し気合いが入っていますのね」
「…………」
リプカの何気ない気付きに、娘はバツの悪そうな、苦しげな表情を浮かべた。
「あ……どうなさいまして……?」
「実は……」
深刻な表情を浮かべた娘を、リプカは心配になり気遣ったが――。
娘は表情に影を落として、水晶玉を指先で弄りながら、ボソボソと語った。
「実は、お客さんを占ったあの日……占いが適当すぎると、お母ちゃんに怒られてしまって。適当なつもりはなかったんスけど……適当、でしたかね……。お母ちゃん、怖いんす。怒られたく、なくて……それで……」
「そ、そう……」
目が点になるような気の抜ける話に、リプカは相槌しか返せなかった。
「だから今日は、もうちょっと気合い入れて占います」
「よろしくお願いします」
娘は「では」と断り、スゥと小さく息を吸った。
「――ラアブ。エブルケム。エブルケム。エルフォスト。エンシェ。ブライ、ブラウケウムル。エルゴス。クラウン。ベルクト。ステラエルイムル」
気合いを入れてきたというのは嘘ではなかったらしく、感情が失せた能面の表情で呟く呪文も、今日は様になっていた。
「エムクト。エンシェイル。
「どうでしょう」
「はい。では、託宣を述べさせていただきますね……」
その後も今日は様子が違った。
娘は感情の失せた能面のまま、占いの結果を、不思議に心へ響く声で語り始めたのだ。
リプカは、まるでいま、世界がここだけを残して失せたような不可思議な心象に浸りながら、その語りに耳を傾けた――。
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