リプカの考え・1-2

「……私の、思い? フン……」


 馬鹿にしたように鼻から息を吐き、短い沈黙を挟んで、クインは、答えを望まない一方的な疑念を向けた。


「お前に何が分かる? 戦争の責任を擦り付けられた憐れな女の気持ちか? フン、くだらん」

「私が信じたのは」


 今度は間を置かず、リプカは言葉を返した。


「私が信じたのは、――貴方の奥底にある、業火のような怨嗟の確かです」

「…………は?」


 そのシリアスな雰囲気の中、浮いたようにどうにもならず持て余す、間の抜けた呆け声がクインの口から漏れた。


 また、沈黙が二人の間に流れる。


「――どういった意味だ?」


 クインの問いを受けると、リプカは瞳を閉じて、少しだけあいだを置いた。


「何からお話しするべきか……」


 リプカはその迷いの言葉を前置きにして、語り出した。


「クイン様、人が迷いを晴らし、立ち上がるために必要なものとは何であると考えますか?」

「あん? ……それは目的だろう。目的を真っ直ぐ見据えることができれば、それを成した時、人は自然と立ち上がっているものだ」

「しかし、辺りが暗がりに包まれ、闇の中、自分が立っているかも分からない状況に陥ったら? もう何も見えなくなってしまったとき……はたして人は、違えず目的を見据えることができるでしょうか?」

「…………。……私はその光を見据えている」

「しかしその目を焼かれるような光が、自らを灰にする炎だったということもあります。強すぎる光に誤って近付いてしまうということも、ある……」

「なにが言いたい?」

「――私は幼少期、闇の中にいました」


 特に感情を込めずに口にされたその打ち明けに、クインはぴくりと、僅かだけ身を捩った。


 ふとリプカのほうに視線を向けてみれば、瞳に遠い日の景色を映し、天上を見上げる女があった。


「はたして自分がいま立っているかどうかも分からず、上下左右、何の感覚も無くなった虚無の中にいた。――しかしある日、その終わりのない地獄と思われた常闇は晴れました。私の手を取ってくれた者があったのです」


 ――天井を見上げる瞳に薄い水の膜が張り、瞳が光を散らし輝いた。


「嬉しかった。それ以上は望まぬという幸いを感じた。その思いが溢れるのと同時に、視界が開けた。自分が立っていることを知った。自分が考えられることも、そのときに知った。自らの全てを自身が選び取れることも」

「…………」

「手を繋いでくれる大切な人がいれば、闇は拓かれる。寄り添ってくれる誰かがいれば……」

「……で? まさかとは思うが、お前が私に寄り添ってと、そう考えているのか?」

「違います。と、思っているのです」

「――――同情か?」

「――クイン様。私は貴方様から真っ直ぐに向けられた感情から、その思いに純粋を感じ取ったのです」

「純粋?」

「業火の如く煮え滾る、胸内に抱いた復讐の怨嗟を、きちんと向けるべき場所に向けて歩き出そうとしている」

「…………」

「そこに余分はなかった、そのように思いました。寄り道に目を奪われることもなく、貴方様は――」

「――お前になにが分かるッッ!?」


 クインの大絶叫が部屋に轟き、反響した。


 絶叫を上げた彼女は、明らかに様子がおかしかった。

 浅い呼吸を繰り返し、息を乱して、抱くようにした体は不規則に震えていた。


 リプカはそんなクインにただ黙って視線をやると……体をクインのほうに向けて、後ろを見せたその背に、そっと触れた。


「……いまはまだ、なにかボサっとしたものがそこにあるな、程度の認識。ダンゴムシ程度の存在感しか、貴方様の中にないかもしれない。――闇を晴らす隣人は、思いの深層である心の内で、傍に在りたいと思っているお人でないと、きっと意味がない。いまの私では、クイン様の隣人にはなり得ないでしょう。そして、自ら言うのは妙な話ですが――私にとってのクイン様もまた、まだよく知り得ない、見知ったばかりのお人です。だからもっと知りたい――どのようなお人であるのか」

「し、知って――どう、する」

「私が見た貴方様の純粋を共に見つめたい。そうして、その先の景色を見定めたいのです。――同情ではない、私は貴方様の思いに魅せられたのです」

「…………」


 またビクリビクリと震えるクインの背を優しく擦りながら、リプカは語り続けた。


「貴方様を見つめ、貴方様に見つめられる。いまは、それが必要だと思った……。――戦争には参加できません。それは、私にとっての絶対である主張です。しかしクイン様を手伝うことに、嫌の感情はありません。方法は違ってきますが、見定めたその先の景色で、もしかしたら……私は貴方様に手を貸すこともあるでしょう。――でも、とりあえずいまは」


 擦る手を止め、背に手のひらを当てた。


「私が見たその純粋を見失って、常闇に迷うことがないように――貴方様の隣で手を繋いでいたい。それが私の願いです」

「………………………………」


 話を聞き終わっても、クインは沈黙するばかりだった。


 しかし、不規則な震えは次第に治まりを見せ、静けさの中、落ち着きを取り戻しつつあった。


 また時計の針が目に見えて進むほどの時間が経った。

 クインは黙り込み、呼吸はリズム良く安らかだった。


(今度こそ眠ってしまいましたかね)


 胸内でそっと安堵すると、リプカも予備の寝具を引っ張り出し仰向けになって、眠りにつこうとした。


 そのとき――。


「……夕食のときは、強引ですまなかった」


 唐突に、そんな一言を投げかけられた。


 沈黙の間に浮かび上がったその言葉に、リプカは少しだけ驚いて――柔らかに微笑み、毛布をかけ直して目を瞑った。



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