第四十九話:リプカの考え・1-1

 無知二人が雁首を合わせて何ができると世間からは思われるかもしれないが、しかし鳩の頭を集めても鳩首凝議、たった二人ではあったが、リプカはビビとの論議に大きな意味を見出していた。


 少なくとも、認識が甘かった。


 同程度の理解を持つ者同士でその結論を確認し合うのは、事態の見通しに、より実感が得られたし、なにより同じ目線で悩みを分かち合える誰かがいるというのは、なんだか心強かった。


 ああだこうだ、そうかもしれないどうだろうと意見を交わすうちに、ビビとの絆もより深まった気がして、リプカはその時間に満足していた。


 おやすみの挨拶をしてビビと別れ、今は前向きな気持ちで床に就き、枕に頭を預けることができた。


(ビビ様とセラ様のおかげで、気持ちは立て直せた……明日からまた頑張ろう)

(夜はこの気持ちのまま、心と体を休めましょう……)


 心まで温かにしながら、リプカは毛布を顔辺りまで引っ張り、自然と滲んだ微笑の表情で、目を瞑ろうとした。


「おやすみなさい」


 安らかな気持ちで、そう呟いた瞬間――。



「――――ダンゴムシィイイイーーーッ!!」



 扉を蹴破り、屋敷中に響くような大声量と共に、部屋に押し入る者があった。


「ふ、うぉわぁアっ!?」


 跳ねるように飛び起き、扉のほうを見てみれば。


 ――何故だか青筋を表情に浮き立たせたクインが、のっしのっしと、不気味にゆっくりこちらに近づいてくるさまがそこにあった。


(ええええええ)


 尋常ならざる剣幕である。


 その異様にいったい何事かと顔を青くして戸惑い、激しい動揺の中、どうしてか気付けば、リプカは小動物がそうするような仕草でピンと姿勢を真っ直ぐにして立ち上がっていた。


 クインは、目を血走らせてリプカを睨んでいた。


 リプカは訳が分からぬまま、とりあえず膝を正して座り込み、破裂しそうな緊迫に内心汗を流しながら、クインの出方を待った。


「…………」


 クインはリプカを睨んだまま、口元をもにょもにょさせて言葉を探すようにして、――結局また黙り込み、ギリリと奥歯を噛み締めた。


「――あ、あの……クイン様? なにか……?」


 痺れを切らして尋ねると、クインは歯を剥き、ずんずんとリプカへ近付いて――ベッドに上がると家主を素通りして、向こう側に寝転がった。


「今日はここで寝る。いいな」

「…………!? ――は、はあ。…………??」


 フゴー、フゴーと息を荒げながらそれだけ言うと、クインはリプカの枕と毛布を奪い去り、寝入ってしまった。


(じょ、情緒が分からない……!)


 リプカは胃を痛めながら混乱に整理を付けようとしたが、それは水面に映る月を動かそうとするくらいの無理難題であった。


 しばらくは、痺れるような緊迫の空気と戦いながら、なんとかしようともがいていたが――やがて無理を悟ると、焦ることを諦め、考えを手放して横になり、ただ目を瞑った。


 相手の落ち着きを待つように。


(…………)

(…………)

(…………)

(…………あれ、本当に寝てしまいました……?)


 時計の長針が目に見えて進むほどのを待っても無言が続き、まあ眠ってしまったのならそれはそれでと考え、昨日アズが使っていた寝具を引っ張り出そうとした――そのとき。


「お前は何を考えている」


 短い一言が、寝静まったような静寂に投げかけられた。


 それきり、続く言葉はない。


 ――今度はリプカが長く黙る番だった。


 お前は何を考えている。

 クインが問うたその意味するところを考え、それを選び取った自分の気持ちともう一度向かい合うと、沈黙の後、リプカは返答を返した。


「私が選び取ったのは、貴方様の思いに寄り添いたいと願った故の選択です」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る