存在する人間みたいに・1-2
「――安全面を守るための考えですが、ティアドラ様に協力を仰ぎました」
こくりと息を飲んでから、リプカは話を続けた。
「快く快諾してくださったので、少なくとも私たち二人がここに在る間は、不測の事態にも十分対応できるかと考えております」
「確かにそれは心強い方策です。――では、そこに私も加えてください」
セラのその返事に、リプカは表情にも驚きを隠せなかった。
セラは微笑み、考えを語った。
「私はアリアメル連合で男性役の王子として育てられた身です。護身術にも心得がある。戦える者が三人いれば、だいぶ皆様の不安も和らぐでしょう。腕に関しては信頼なさってください。リプカ様に自慢できるほどの熟達ではないかもしれませんが、守りの力になれるだけの覚えはあります」
「…………」
「――リプカ様?」
セラは首を傾げ、リプカを見つめた。
リプカは揺れる紅茶に視線を落とし、押し黙っていた。じっとその揺らぎを見つめながら、言葉を詰まらせたように沈黙している。
「どうなさいました……?」
セラとミスティアの二人、心配の視線をリプカに向けていたが――。
やがてその表情が、驚愕に染まった。
二人が見つめる前で、リプカは押し黙ったまま――その瞳から、ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。
「リプカ様……!?」
ミスティアが驚きの声を上げた。
その驚きにも、リプカの返事はない。
ミスティアはどうしていいのか分からず、おろおろと狼狽を浮かべたが――、セラはミスティアとは対照に、じっと涙するリプカを見つめながら、黙して様子を窺っていた。
沈黙がしばらく続いた。
そして、時計の秒針が一周した頃合い、果てのない音無しと思われた、やがてに――。
「どうして、そんなに優しいのですか……?」
リプカは涙を溢れさせながら、嗚咽さえ上げながら、震える声でそんな思いを吐露した。
「優しい……ですか?」
セラは落ち着きある声色で尋ねた。
まるで、何もかもを見通しているかのような、平時を見せながら。
リプカはひくっとしゃくりあげながら、思いの続きを語った。
「なんで皆様、こんなに優しいのでしょう……?」
服の裾をぎゅっと握り締めながら、声を漏らす。
「わ、私のお願いを……ま、まるで当たり前のように、聞いてくれて……」
目をぎゅっと瞑り――涙の粒を、溢れさせる。
「だって、私のお願いを聞いてくれる人なんて、今までフランシス以外にいなかった」
ミスティアはハッとした表情を浮かべた。――セラは眉を下げ、リプカを見つめ続けた。
「ぜ、絶対駄目だと思ってた。正直……心の底では。でも皆様は当たり前のように私の話を聞いてくれた。ま、まるで……まるで……」
「存在する人間みたいに……」
「そ、そんな……!」
その計り知れぬ事情を負った吐露に、ミスティアは困惑と衝撃が滲む声を漏らした。
セラは――やはり冷静を崩さぬまま、リプカを見つめ続けている。
ミスティアは力になりたいという意思を表情にして、何かを言おうと小さく口を開いたが、そこから言葉は出てこず……息を飲むと、やがて俯いてしまった。
押し黙ってしまったリプカとミスティア。
またしても無音が訪れるように思われたが――今度はそうはならなかった。
「リプカ様」
その、部屋に響き渡るような不思議な声に、リプカはハッと顔を上げた。
主張明確に見える、強調された声色――その先には、飾りのない面持ちでリプカを見つめるセラの顔立ちがあった。
真摯という言葉さえも取り繕いに思えるような、想いの真実が透かせて見える、自然な表情であった。
そして――。
涙に濡れる瞳を真っ直ぐに見据えながら、リプカへ向けた言葉は――たった一言だった。
「貴方は素敵な人だ」
――それは確信の色が直接伝わる、断言よりも確かな響きのある言葉だった。
慰めというより、宣告に近い言い様。
リプカは戸惑いながらも、あまりに存在の大きなその一言に頬を赤く染めて、セラを見つめ返した。
セラは微笑み、また一言を口にした。
「貴方は確かに、私の前に在る」
それだけの言葉が――力強く口にされたその言葉が、リプカに、何よりの証明を与えた。
頬に最後の一滴が流れ、リプカの涙が止まる。
セラはリプカの様子を見守ると、目を瞑り、ふわりと笑んだ。
「――ミスティア、新しい紅茶を、皆のカップに頼みたいな」
「は、はい……!」
ミスティアは慌てて立ち上がり、三つのカップに湯気のたつ紅茶を注いだ。
セラはカップを手に取ると、再び涙の跡が残るリプカを見つめて、朗らかに言った。
「さて、リプカ様。今度はどんなお話しをしましょう?」
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