【令嬢リプカと六人の百合王子様。】第二部完結:令嬢リプカと心を見つめる泣き虫の王子様。~箱入り令嬢が踏み出す第一歩、水と不思議の国アリアメル連合での逢瀬物語~
第三十七話:存在する人間みたいに・1-1
第三十七話:存在する人間みたいに・1-1
リプカは再び、別館東棟に引き返していた。
次いで訪れたのはセラの部屋である。リプカは最初と比べれば、随分と躊躇に改善の見られる作法で、扉をノックした。
「しばしお待ちを」
落ち着いた声色の返事が返ってきた。
扉の前で待ちながら、リプカはまたもすんなりと用件が受け入れられるのではないのかと、ふと期待を思ったが、かぶりを振ってその考えを戒めた。胸を張り、顎を引く。
扉が開く。声色と同じ落ち着きを表情に湛えた、セラが現れた。
部屋内で何かの準備をしていたミスティアも、リプカの来訪に気付き、心の弾む微笑みを向けてくれる。
「リプカ様でしたか。ご足労頂き嬉しく思います。――どうぞ中へ」
「はい、失礼します」
セラの部屋も、程々に済んだ荷造りの様子があった。
部屋の模様替えなどは特に行っていないようで、見た目の特徴はなかったが、その代わり、気分が安らぐ良い香りが部屋いっぱいに香っていた。
「ちょうどお茶を準備していたんです。リプカ様もいかが?」
持ち上げたティーポットを揺らしながら、ミスティアがお誘いしてくれた。
お茶のお誘い。この少女にとっては特別に嬉しい気遣いである。リプカはぱっと、表情を華やがせた。
「ありがとう。ぜひご一緒させてください」
「アリアメル連合産の紅茶です。飲むとびっくりするかもです」
「特徴的なお味なのでしょうか?」
「それは飲んでからのお楽しみです」
ミスティアの悪戯がかった口上を聞くと、セラはなぜか苦笑を浮かべた。
繊細な作りのカップに、琥珀色の液体を注ぐ。ミスティアはそれに蓋をすると、その内一つをテーブル席に着いたリプカの元へ運んだ。
慣れた手つきでそれを置くと、数秒待ってから蓋を取った。――部屋に香っていた香りが、より芳醇に広がった。
「ぜひどうぞ」
ミスティアの勧めを受けて、リプカはなんだかドキドキしながらカップに口を付けた。
こくりと、紅茶を一口含む。
――すると、直前の表情そのままに、リプカは静止してしまった。
「…………」
リプカは不思議に思いながら、揺れる琥珀色を覗いた。
「これは……? …………? 味が……ない?」
「そうなのです」
ティーポットを目線の高さまで持ち上げながら、ミスティアは目を瞑りながら頷いた。
「アリアメル連合産の紅茶には、なんと味がないのです。こんな紅茶が生まれるのはアリアメル連合だけですよ」
「へぇ……!」
「あまり自慢できるものではないのですがね」
カップを手に取り、中の液体を揺らしながら、セラは苦笑交じりの声を漏らした。
「しかし、味がないかわりに香り高いというのは珍しさもありまして、一応、アリアメルの特産品ということになっています」
「香りがあるのに味を感じないというのは、不思議ですね」
「アリアメル連合にはこのような不思議ばかりがある。香りがあるのに味のない紅茶、冬の幾日だけその日の気温に関わらず凍る湖、満月の日にだけ光を放ちながら咲く花、なぜかその地域でだけ起こる日食、どこからともなく現れて跡形もなく消える蛍……」
セラはなんでもないように語っていたが、それを聞くリプカは、好奇心に瞳を輝かせていた。
見たこともない世界。いつかそれらを自らの目で見ることができる機会もあるのだろうか? そんな、心躍る思いを抱いて。
「――と、失礼。用件があって尋ねてくれたのでしたね。何用でしょうか? 私が力になれることであれば、どうか遠慮なさらずに仰ってくださいね」
セラが話を向けると、リプカはハッと想像から覚めた。そう、ここに来たのはクインの滞在を伝えるためである。
カップを置いて、再び姿勢を意識すると、緊張をできる限り隠すよう努めながら、それを伝えた。
「クイン様の処遇についてですが、このお屋敷に留まってもらうことに致しました。つきましては、安全面の確保についてお話がございます」
「ああ、それは良いことですね。私も彼女は随分と衰弱しているように見受けられましたので、ここで療養を過ごす事は良いことだと思います」
セラは微笑み、そのような相槌を返した。
それを受けて――リプカは思わず少し沈黙してしまった。
――どうして皆様は、そんなに優しいのでしょう?
そんな感慨を抱いて。
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