第三十五話:王子たちの覚悟

 アズからのレクチャーを早速実戦しながら、リプカはなかなか堂々とした佇まいをもって廊下を歩いていた。


 しかし、強張るような緊張の面持ちまでは隠せない。


 これからやろうとしていることは、明らかに自分が得意とする分野ではない。その自覚が表情を固くさせた。


(それでもやらなければならないことがある。実現させねばならないことが――)


 クインを屋敷に留める選択によって、屋敷にある者たちの安全面が損なわれる側面は無視できない。

 だが、ほとんど完全と言ってしまってよいほどの危機管理を実現させるためのカードが、幸いなことに、この屋敷にはある。持ち手に一枚、そして、場にある心当たりに、一枚……。


 拳を握り、リプカは目的たる行いを真っ直ぐに見据えた。

 ――と、その前に。



 ガビビビビビビビ、ガコッ、ギギギギギギガガガガガガギュギ……パ

キッ。



 ……尋常ではないその音響が気がかりで、リプカはビビの部屋へと足を運んでいた。


 扉の前に立ち、迷いながらもノックすると、機械音が止み、間を置いて扉が開いた。

 だぶついた作業着を着込んだビビが顔を見せる。とりあえず大事はないようで、リプカはほっと息をついた。


「リプカか。どうした?」

「あ、いえ、あの――ずいぶんと不穏な音が鳴っていたものですから、心配になってしまって……」

「ああすまん、部屋を作業施設に改造中でな」

「作業施設……?」


 首を傾げ部屋を覗いてみれば、室内の模様はだいぶに様変わりしていた。


 様々な機器類に、いつくかの作業机。ベッドはおざなりに部屋の隅へ押しやられ、枕と毛布は皮製のソファーに投げられている。

 部屋はいっぱしの研究施設のような内装に模様替えなされていた。


「フランシスだが、さすがに行動が早い。頼んでから昨日の今日なんだが」


 腰に手を当てながら部屋を振り返り、ビビは感心したように言った。

 リプカは好奇心を覗かせながら、矯めつ眇めつ、部屋を見渡した。


「す、すごい……。なんだかよく分からないけれど……ワクワクしますっ!」

「なんだ、それは」


 リプカの感想に、ビビは気持ちのよい苦笑を浮かべた。


 リプカは瞳を輝かせながら、部屋にある様々へ目を移した。


「あれらの機器類は……」

「適当なものだが、フランシスが寄せ集めてくれたようだ。これとは別に、後からアルファミーナからちゃんとしたものを取り寄せてくれるそうだ。ありがたい」

「へぇ……! アルファミーナ連合にある、ビビ様のご自宅のお部屋も、このような風景なのかしら……」

「…………」

「…………? ビビ様……?」

「ああ、いや、なんでも。まあ、こんな感じだな、うん」

「…………?」


 なにかを誤魔化すように目を反らしたビビに首を傾げたが、話を反らすようにビビはすぐさま話題を変えた。


「ここは別館だが……誰かに用だったか?」

「あ……ティアドラ様に用があったのですが……。――あの、実はビビ様にもお話がありまして――」

「私に? なんだろう?」


 語調が固くなった申し出の言葉に、ビビは小首を傾げた。


 ――こんなことではいけない。

 リプカは短く息を吐き出し、胸を張り、気持ちで顎を引いた姿勢で、ビビと真っ直ぐに向かい合い、見つめた。


「ビビ様、少し、おじ、お時間よろしゅいでしょうか……?」


 噛みまくりの切り出しに、ビビは眉をハにした笑顔を浮かべて「まず落ち着け」と軽い調子の声をかけ、乱雑に物が放られたソファーを勧めた。



 ――人を頼るというのは案外、必要とされる資質が多く求められる難関で。

 リプカはいま、友人に頼るという行いに、人生初挑戦中であったりする。

 どのような種の勇敢を抱けばよいものかも手探りな、頬を真っ赤に染めた彼女を、どうか笑わないでやってほしい。



「それで、話とはなんだろうか?」


 荷を適当にどかしたソファーに二人並んで座ると、ビビが仕切り直すように、改まって話を向けてくれた。


 リプカは覚悟を据えて、伝えるべきことを口にした。


「この度、クイン様がこのお屋敷に留まることになりましたので――そのご報告と、それについての諸注意を伝えに参りました」

「ああ、クインの。やはりこの屋敷に留まることになったか。いいんじゃないか? より良い未来を望める選択であるように思う」


 リプカの仰々しいまでに固い、覚悟を込めた言葉に――ビビは世間話と変わらぬ調子の声色で、特別何の反応も見せずに頷きを返した。


「諸注意というのは安全面の話か?」


 ……リプカは思わず言葉を飲み込んでしまい、ビビの問い掛けに、すぐには返答できなかった。


 不安を募らせていた予想にゼロを掛けたような、想像外に軽い反応だった。コクリと息を呑み、呆けから醒めぬままにリプカは言葉を紡いだ。


「え、ええ。あの……その通りです、安全面のお話で……」

「……? どうした?」

「えっと……あの……」


 リプカは困惑しながら、胸の内の思いを打ち明けた。


「その、もっと、不安に思われるかと思っていたので……、意外で……」

「――ああ」


 たどたどしく口にされたそれに、ビビは頷いた。

 そして表情を変えぬまま、少しだけきちんと姿勢を正してリプカと向き合い、自身の思いを明かした。


「まあ、王子として遣わされることを了承した時点で、相応の覚悟は抱いているということだ。不安があれど進むだけさ。――それに」


 ビビはニッと笑い、リプカを見つめた。


「もしものときは、お前が守ってくれるのだろう?」

「――はい、もちろんです。そのときは、限りを賭して」

「ならば今回のことで、余計に感じる不安もない。否を唱える理由は何もないな。だろ?」

「……ビビ様、ありがとう」

「礼を言われるようなことではないさ。他の王子たちの事情も似たり寄ったりだろうから、あまりそれに対し不安を感じる必要はないと思う。そういうものなんだ。堂々としていればいい、そのほうが私たちにとっても、話がスムーズに進む」


 ビビと話しながら、リプカはアズも同じようなことを言っていたことを思い出していた。

 王子たちには、王子たちの覚悟がある。

 リプカはようやく、そのことに気付き始めた。


 そして、この縁談騒動が、実はどれほど重いものであるのかということにも――。


「ま、力になれることがあれば声をかけてくれ。戦闘は無理だが、小細工に関しては力になれることもあるだろう」

「ありがとう。そのときは、よろしくお願いします」

「うん。――ああそれと、ティアドラならそこらをぶらついていたぞ。たぶんいまは本館辺りだ」

「あ……入れ違いになってしまったのですね。分かりました、そちらに行ってみます」

「ん。まああれだ、あまり気を揉まない程度に頑張れ」

「はい!」


 部屋を離れると、再び機械音が響き始める。


 力になれることがあれば声をかけてくれ。


 リプカは、ビビの了承を得られたことよりもその言葉に大きな喜びを感じながら、少しだけ浮き足立った歩調で――、本館へと引き返し始めた。


 

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