第二十話:豪胆不敵
フランシスの部屋へ向かう道中、廊下向こうからこちらへ向かってくる人影があった。
「あ……おはようございます、ビビ様」
「ん、おはよう」
ビビは早朝のぼやけなどどこにもない、変わらぬクールで挨拶を返した。
彼女が歩いてきた方向を見やって、リプカは小首を傾げる。
「あの……ビビ様。ビビ様のお部屋は、こちらではないはずですが……どうしてあちらから?」
「ああ、昨晩は宛がわれた部屋ではなく、フランシスの部屋に邪魔させてもらった」
「フ、フランシスの――!?」
「ああ。……何か問題があっただろうか?」
「い、いえ。問題は、ないですが……!」
なんという度胸か……。
あまりにも断然たる彼女特有の自然体に仰天し、そこに尊敬すらも寄せた。
「なるほど……」
「ああ。リプカは――これからフランシスの部屋に?」
何気に初めてビビから名を呼ばれたことに、なんだかくすぐったさを感じながら、リプカは頷いた。
「少し相談事が。またすぐ旅立ってしまうでしょうから、いまの内にと」
「そうか。それは、私が力になれることだろうか?」
「えっ? ――え、ええ、是非ご意見を窺いたくはあります」
「そうか。まだ早朝も早朝だ。一度私に事情を話してみてもいいかもな。その時間はあるだろう」
彼女の見せた意外な積極性に驚きながらも、リプカはその親切が嬉しかった。
(相談を持ち掛けるべきか)
相談に乗ってもらえれば心強い。きっと自身の考え以上の明確を示してくれる。しかしそれには、昨晩の出来事を打ち明けなければならない……。
クインの尊厳への考慮。
彼女の置かれた状況が、精神を殺す危険と、結果的な避難の間で揺れているかもしれない可能性。
――考えて、結局リプカは、状況を明かして助言を求める選択を選んだ。
「実は――」
できるだけクインの印象が損なわれないように気を付けながら、事情を簡潔に打ち明ける。自身の考えまで明かすと、ビビは顎に手を当てながら、一つ頷いた。
「ふむ。どうやら私が助けになれる事情のようだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。――だが、私だけだと見識が不十分だな。……一人、人を呼んでもいいか?」
「え、ええ。どなたをお頼りするのでしょう?」
「ティアドラ・フォン・レイデアルだ」
「え――?」
聞き違いかと思って疑問符を漏らしたが、ビビは平然としたもので、「では行こう」と号令すると、スタスタと歩み始めてしまった。慌ててリプカもその早足に続く。
ビビは使用人からティアドラの部屋を聞き出すと、真っ直ぐにそこへ向かい、迷うことなく扉をノックした。オロオロと戸惑うリプカとは対照的な、躊躇いとは無縁の姿勢で返答を待っている。
「――あんだよ」
ティアドラは若干不機嫌そうな面持ちで、二人の前に顔を出した。
そんなティアドラに臆すことなく、ビビは端的に用件を伝えた。
「話がある。ちょっと付き合ってほしい」
「あ? んだいきなり。――それ、俺に得がある話なんだろうな?」
「各国の情勢をより知る機会になるかもしれない。だが得るものはなかったということもある。そちらで判断してくれ」
「…………」
ハラハラと成り行きを見守るリプカの前で、ティアドラは一つ嘆息を漏らした。
「ちょっと待ってろ」
部屋に引っ込み、身支度を整える音が聞こえてきた。
ビビは平然と彼女の支度を待っている。
……やはり、このお方はすごい。リプカは改めて、ビビの度胸に呆気の感嘆を浮かべたのだった。
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