7-2 旅の終焉

 イーリスがゆっくりと話を聞きたいと言ったため、セラはそれに応じた。王に謁見の職務を任せ、イーリスはセラを王宮の庭へと誘った。


 城の吹き抜けに在る小さな庭は豊かな光彩に彩られ、緑の草花の絨毯が敷かれていた。今は丁度開花の季節で豪奢な花がそこら中で香り立っている。

 セラは花について殆ど感銘することは無い。でも、この時ばかりはとても美しいと思った。


 輿入れした時に王が贈ってくれたとても心休まる場所だという。傍仕えのような華やかな花の精霊も沢山いるが皆、優雅で大人びていた。

 セラを客人と受け入れて、優しい眼差しを送っている。

 ステラの町の者と全く雰囲気が違った。


 緑の上にイーリスが座り、セラも促されて正面に座った。様子を見て召使いが盆にのせた茶を運んできた。召使いが遠くに下がるとイーリスは話を始めた。


「それは聖痕です」

「聖痕?」


 聞いたことのない言葉だった。


「精霊と人間の混血児にそういう文様が現れるのです」


 手招きすると控えていた小さな少女が歩み寄った。髪の色はイーリスより少し暗いが髪質は良く似ている。可憐なドレスを纏った華奢な緑の瞳の少女だった。


「娘です」


 とても大人しい十歳程の無口な少女だった。イーリスは王女の腕を優しく引き寄せ絹の袖をそっと肩にまで捲り上げた。さすがに見てもいい物かと迷ったが、王女は恥ずかしがることなく見せてくれた。


 肩の部分に小さな文様。蔦にも見えたし花にも見えた。そしてそれはセラの物とひどく似ていた。


「この子は私と王の間に生まれた子です。生まれた時にはなかった物ですが、日を追うごとに少しずつ体に現れ始めました」


 精霊と人間の混血児、という言葉が心の奥で揺れる。


「あなたは人ではありません」


 断罪された。自分だけに精霊が見えた理由が落ちた。自分は人でなかった。



       ◇



 小さい頃寂しい夜を過ごしたことがあった。自身が両親の本当の子でないと知った日のことだ。セラはまだ五歳だった。

 食事を残してベッドにもぐりこむと枕を濡らして一人落ち込んだ。少しすると心配した両親が揃って様子を見に来た。母が優しく撫でて「何があったの」と問いかけた。


 小さなセラは打ち明けるべきか迷ったが結局両親に全てを明かした。昼間、森の住民が自身のことを噂していたこと。セラは拾われた子なのだ、と。

 聞いた両親は憤りもせず優しい手でセラを抱きしめた。

「本当の子じゃないの?」とあどけない様子で聞くセラに両親は真実を語ってくれた。


 セラは森で行き倒れていた女性が抱えていた赤子だった。女性はとても美しく、黄金色の髪や明るい肌がセラと良く似ていたという。

 森では赤子の処遇についての様々な議論が交わされたが、当時、子の無かった両親が申し出て引き取ることになった。何日も何日も懸命に名前を考えて、『セラ』と名付け二人で立派な子に育てようと誓った。


 父はセラを賢い子に育てたかった。母はセラを優しい子に育てたかった。セラは二人の願いを両方叶えてくれた、と両親は嬉しそうに語った。

 嫌なことをされても怨んではいけない、そういう人は可哀そうな人なのだ、という父の言葉にセラはこくりと頷いた。


 実母に会いたければ森の奥地で眠っているけれど会いたいか、と父は問うた。

 セラは首を振るとベッドに潜りこんだ。


 次の日、セラは一人で実母に会いに行った。


 場所は精霊が教えてくれた。誰も通わぬ寂しい場所にそっと佇んでいた。会いたい気持ちが押し寄せる。それほどにセラは孤独を感じていた。

 両親の愛が分からない訳じゃない。でも優しい言葉を掛けられようと、どんなに愛されようと、心の奥底に満たされない何かがあった。


――どうしてボクを産んだの。どうして死んでしまったの。


 小さな墓標に縋りつくように泣いた。

 以降セラはその場所を訪れていない。


「この聖痕を消すことは出来ないのでしょうか」


 セラの問いかけにイーリスがくすりと笑った。


「考えたこともありませんでした」


 そう言って、王女の袖を降ろす。


「あなたは自身の生まれを後悔しているのですか」

「楽しいこと以上に辛いことがありました」


「生命は皆生まれながらにどこか変わっているものです。人より背が高い、利発、鈍感、美しい。この世に同じ生命などいません。自身の運命を抱えてお生きなさい。私が精霊を止めることが出来ぬように、あなたもまたあなたを止めることは出来ないのですから」


 セラは口を噤んだ。


「聖痕は怖い物ではありません。むしろあなたを助けてくれるものです。何度かそれに助けられたこともあるでしょう」


 即座にエルダーの実を吐いた時のことが過り、それをイーリスに伝えた。森でエルダーの呪いに抵抗したこと、海でセイレーンを死滅させたこと、ステラの町で星の力を使いアミトを焼き払ったこと。


「確かに自身でも理解が及ばない不思議な力で邪精を退けてきました。危機に晒されると体から光が迸り、それに抗うのです。ですが、使おうと思って念じてもそれを上手く使うことは出来ません。星降り、という呪術を使ったそうですが、私にはどうしてその言葉が浮かんだのかすらも分からないのです」


「星降り」

 イーリスが深く呟く。


「それに関しての詳しい知識は私に無いのですが、混血児の中にはそう言った不思議な呪術を操る者たちがいると聞いたことがあります」


 セラはハッとする。


「他にも混血児がいるのですか」


 答えを急ぐセラをイーリスが制する。無礼であったか、とハッとしたが彼女は気にした様子は無かった。


「これより北の極地にヴーアという民族がいます。彼らの中には混血児が多数存在していると聞きます。彼らに問えばあなたの力の秘密についても、もしかしたら分かるかも知れません」


「ヴーア……」


 セラは口ごもる、スコットリドリーの言っていた少数民族のことに違いない。


「ただ、閉鎖的な民族です。あなたを受け入れてくれるかどうかは分かりません。力になれるかどうかは不明ですが、望むのであれば書状も書きましょう」


 行くべき場所が見つかった。だが、同時にセラは戸惑いも抱えていた。分かったことがあまりに多すぎた。


 考える時間が欲しいと伝えセラは王宮を後にした。




 セラは近くの宿屋へと泊った。来た時は本を買いたいだとか、町並みを見て回ろうとか色々と企んでいたけれど今はもう何もする気にもなれなかった。



――自分と同じ人たちがいる。



 小さな頃から自分は誰なんだろうとずっと疑問に思ってきた。


 家族や森の人に見えぬ精霊。見えることが嫌で心を閉ざしそうになったこともあった。それでも精霊はセラに寄り添った。セラの生は精霊と共にある。


 ならば自身を産んだ母の生はどうだったのだろうと考える。幸せであったのか。

人間か精霊であるか、それすらももう知ることは出来ない。


 精霊であるならば、とても美しい存在だったに違いない。人間であるならば心清らかな人であったに違いない。

 母は自分を愛していたのか、育ててくれた両親以上に愛してくれていたのか。

 もしそうならば育ててほしかった。教えてほしかった。寄り添って欲しかった。


 自分は人でない。人でない者の一生はどうなるのだろう。答えのない疑問を抱き、ベッドで体を丸めるとセラはすっと眠りに落ちた。



 眠っている間に夢心地で懐かしい記憶を思い出していた。


 最初で最後の狩猟祭の記憶だ。


 森では十五歳を迎えると狩猟祭に参加して、その儀式を終えると森の狩猟者として認められる。使うのは弓矢一つ。

 狩猟祭の始まりと共に多くの獲物が森へと放たれた。獲物が森へと消えていく。

 セラは多くの子供たちと共に獲物を追い、森の奥へと分け入った。


 森の中で耳を澄まし、逃げ惑う命を探す。探さなければ森の一員になれない。そんな焦りばかりが増してゆく。


 探してようやく獲物を見つけた。人々が使わなくなった古い泉で猪が水を飲んでいる。茂みで息を殺して猪を睨みつける。

 弓をスッと引き搾り狙いを定めて力いっぱい引く。

 矢を放そうとした時、精霊が遮った。


「殺してはいけない!」


 矢は精霊の体を抜けて猪へと命中した。


 セラは大人になれた。でも、心に残るのは背徳感。セラは命ある猪を殺した。


 多くの子供たちが笑顔で獲物を掲げる中、セラは一人猪の死を悲しんだ。あからさまに泣いたり、抱きしめたりなど出来なかったが心は深く沈んでいた。

 獲った獲物はその晩の食卓に並ぶのが習わし。獲物の命を頂戴しながら成人を祝う。


 だが、セラは猪を食べることはせず、森の片隅に猪の墓を作った。その様子を見ていた長老が嘆き悲しむセラに近づいてそっと告げた。


「何も悲しむ必要はない、お前は森の子ではないのだから仕方無い。大きくなれば母の墓標とともに森を出てゆきなさい」


 それが最後の狩猟祭の記憶だ。

 あの日から、長老が、森が、人間が、自分が嫌いになった。




 目覚めると朝で、夕食も摂らずに深く眠っていたことに気付く。


 ドアの外には盆に乗ったささやかな朝食。宿の人が持ってきてくれたのだろう。盆を運びこむと小さな机で朝食を摂った。

 柔らかいパンを噛みしめながら、母の焼いたパンを思い出す。

 母の焼いたパンは不格好だが噛めば噛むほどうま味が増して口になじんだとても好きな味だった。でも、もう口にすることは無いと思う。


 自分は森に戻れない、戻っても共に暮らせない。また、望んでいる人もいない。

 帰る意味を見出せず、それは母やトニヤとの別離を意味していた。


 食事を終えて、町へ出た。沈む心を誰かに励まして欲しかった。


 心の傷はいずれ癒えていく。穏やかな音楽を聴きながら、美しい花を愛でながら、人々の笑顔を眺めながら。この国は好きだ。


 思えばこれまでいろんな国があった。命の森は閉鎖的、ムルティカの町は信仰心が強く、ステラの町は活気がある。この国のすれ違う人は皆温かく豊か。全ての国民に殆ど貧富の差が無いように思える。それは王が国民を平等に扱うから。

 力は無いだろうがとてもいい国だと思う。

 争いを好まず、差別あることを好まず、虐げることを好まず。そしてこの国はきっとセラを受け入れてくれる。


 自身の正体を知るという作業は残っているのかもしれない。でも、もう疲れた。

 セラの旅は終わった。

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