5-6 北へ

「いやー、すごい物を見た」


 師は興奮状態だった。アミトの消滅から既に一週間が経とうとしていた。


「良かったですね、これで本が書けます」

「タイトルは何としよう。神の光。いや、闇の消滅……」


 セラは腕を捲りあげた。肘に到達しそうなほど文様は大きくなっていた。


「キミのそれは遺恨ではないよ」

「別に有難い物でもないと思いますけどね」

「もしかするとキミの文様に宿ったのは神の力ではないだろうか」


 セラが顔を歪める。また、唐突なことを言い始めたと呆れ顔を浮かべた。


「あの時キミは『星降り』と呟いたんだけれどそれは覚えているかい」


 セラは記憶を辿る。正直あの時のことはあまり覚えていないのだ。


「星降りという名前で思わず閃いたよ。古い論文に北の地で少数民族が使っていた聖術だという記述があったのを思い出した」


 そう言って論文を突き付けた。


「どれほど信憑性のある物かしれないが、少なくともボクはキミの起こした奇跡を信じるよ」


 セラは顔をしかめたまま、論文に目を落とした。


「少数民族の村へ赴けばキミの力の秘密について何か重大なことが分かるかもしれないね」


 そう言うと確信めいたものを噛みしめて師はうんうんと頷いた。確かに自身についての重大な手掛かりは得られた。だが、それが今の自分にとってどれほど重要であるか。


 セラはアミトの最後の言葉を思い出す。



――お前は長く生きられない。



 限りある生を自身の文様の探究へと注ぐこと、そのことの意味をそっと考えた。




 二年に渡る長期滞在を経てセラはステラの町を離れた。ステラの町で静かに余生を送るという選択肢もなかったわけじゃない。それほどに暮らしよい町だった。

町の入り口でセラの旅立ちを師が見送る。


「セラ、ボクはキミの物語を書くよ」


 セラは少し笑った。だが、笑えないほどに辛いこともあった。生きることは戦いなのだとセラは思った。


「お世話しました」

「何だいその挨拶」


 師が眉間をしかめる。


「お世話になってないからですよ」


 そう言って手を差し出す。師はふうっとため息をついた後、すっきりとした表情でセラの手を握った。


「お世話になりました」


 頭を下げる師をセラは笑う。


「北に向かうとウェストフラムという自然豊かな国がある。王が最近、妃を娶ったそうだが一部にはその妃が精霊であるという噂がある、というのを最近酒場で聞いた」


「精霊……」


「どうせ北に行くのなら立ち寄り妃にお目通りを願うといい。いい助言が得られるかもしれない」


 セラは軽く頷くと「ありがとうございました」と告げた。


 悠久の大地を南風が登っていく。南風は北へ向かうセラの背中を押すようにひたすら北へと流れ小高い山地を駆けあがる。


 師というには少し威厳にかけ、でもセラは彼のそうした人間味が気に入っていた。出版された本を読んで文句を言うのもいい。為すべき仕事と振り返るべき思い出が増えた。

 こうした出会いを通して、セラの人生はまた孤独と優しさの間で揺れ動く。


 この世に一人きりの人などいない。こうした関わりを築きあげながら人は皆死へと向かっていくのだ。死とは生まれた時に与えられ、誰しもが持っている運命なのだから。


 ただ死を恐れ生きようとするのを止める選択肢は、今のセラにはまだない。


 セラの旅は生きるための旅。

 運命と向き合うために更なる北を目指す。

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