5-5 処刑場

「ここに精霊様がいらっしゃるの」


 案内された場所を見て二人は愕然とする。


――処刑場だった。


 円形の石畳の中央に置かれた首を寸断するための処刑器具、その下に広がる大量の黒ずみ。長い歴史を経て今日に至ったのだろう。


「ステラはその昔上流貴族の町だった。南方から奴隷を買い、使用人として働かせ、年老いて使えなくなるとここへ連れて来て処刑した。この場所にはそんな人々の思念が溜まっているのかもしれない。精霊がいると言うのであれば多いに納得出来る」


 師はセラの後ろに隠れながら静かに語った。セラは拳を握りしめてこの場所に漂う思念をありありと感じ取っていた。


――殺さないでくれ

――もっと大切にしてくれ

――まだ働ける

――盗んだのはオレじゃない

――頼む、許してくれ

――逆らう気はなかったんだ

――生きたい、オレはもっと生きたい


 セラは耐えきれず唇を引き結んだ。


「さあ、占いをしましょう」


 そう言って少女は手を広げた。そのまま後ろ向けに気絶するように地面に倒れ、少女の倒れた石畳の下から巨大な躯が闇を纏いながら浮上した。


 師がセラの背後で、震える声で「アミトだ」と呟いた。


 死を司る冥界の精霊、負が蓄積された地に稀に出現する精霊だと、師は本に記していた。だが、こうして会うのはやはり初めてなのだろう。


「いけにえを差し出せ」


 地の底を這う様な声でアミトはセラへと近づいた。


「いけにえを差し出すつもりはない」

「それでは占えない」

「何も占うつもりはない」


 セラは涼しい顔で伝えた。


「それでは困る」とアミトは不気味に笑う。

「我はお前に運命を焼きつけよう。お前の魂に望む通りの未来を焼きつけよう」


「お前に質問がある」


 セラは凛とした様子で話す。


「私に質問はない」

「オレの遺恨はどうすれば消える。消す方法を教えろ」

「遺恨が欲しいのか」


「遺恨はもうある。だから必要ない」

「お前に遺恨はない。さあ、必ず当たる占いをしよう」


「ではオレの人生を占え。オレはどうなるんだ」

「中央に進み出て跪け。我を崇めよ」


 言葉を飲んで歩き始めたセラの背中に師が叫ぶように声を掛ける。

「セラ、耳を貸すんじゃない!」


 中央まで進むとセラは膝をつき、アミトを見上げた。


 アミトがスッと躯の手を伸ばし、セラの額に触れる。

 脳裏に見慣れた景色が浮かんだ。森の高台へと続く道。喪服を着た人々が棺桶を抱えて登っていく。


――セラは厄介な子だった。


 棺桶に寄り添って歩く母が呟く。


――あの時拾わなければよかった。

――母さん、ボクがいるから安心して。


 トニヤが母の手を握る。


――セラのせいで森が消えた。ずっと続いてきた高潔な魂が。

――焼こう、セラを焼こう。焼いて灰は風に流そう。風に乗り早くこの森を去れ。お前は愛されない子供だった。


 森の大人たちが口々に喋り出す。


「これはオレの望みじゃない」

「心の底から望んでいることだ」


 アミトの指から湧き出る遺恨がセラの額へと流れ込む。

 遺恨が体を駆け抜け、足から地面へと伝わり、集まった遺恨が大きな黒となって足元に巨大な穴を作る。

 部屋いっぱいに広がりきると穴の淵から十字架が勢いよく一斉に突き出した。


 十字架に縛られていたのは冥府に繋ぎとめられた老人たちだった。体中に槍が突き刺さり、呪うような声で泣いている。


 泣き声は次第に呪音へと変化して空間に反響し始めた。セラの手足を真っ黒な呪印が流れ落ちて行く。

 呪印は顔を埋め尽くし耳の中へと入り込んだ。


「我とそなたの契約の時だ」


 地獄の囁きが鼓膜を撫でる。体中を遺恨が覆い、体が氷のように冷たい。

 大きく目を見開くとそのまま意識が振りきれてセラは仰向けに穴の中央に倒れた。


 その様子を見届けた後、アミトはスコットリドリーへと話しかけた。


「審判人よ、許すと言え」


 師は恐怖のあまり、言葉を発することが出来なかった。


「我との契約を許すと言え」

「け、契約は無しだ。我々を今すぐ解放しろ」


 するとアミトは高らかな声で笑う。


「罪人は裁かなければならない。精霊に関わろうとした愚かな者たちよ」


 スコットリドリーは溜まらず声を発した。


――セラ! セラ!


 師の声が遠くで聞こえる。頬に冷たい感触を感じるのにもう体が動かない。自分が自分でない感覚。ああ、魂が消滅しようとしている。


 森に帰りたい。死ぬ時は森に帰りたい。静かに森で消えてゆきたい。父のように……


 心が静かに萎んでいくのを感じた。残った小さな望みを捨て諦めかけた時に、澄んだ言葉が耳に届く。


「立ち上がりなさい」


 セラの意識がスッと引き戻された。


「偉大なる子よお前は死する時ではない」


 指に光が籠り始めた。冷えた体が熱を帯びていく。声に引きずられる様に、セラは土を掴み半身を起こしゆっくりと立ち上がった。

 光る体と目に映る強い星の輝き。セラの足を伝い、光が地面へと流れ込む。光り輝く経脈の筋が地面に壮大な文様を描いた。文様の出現と共に死人を繋ぎとめた十字架が消滅していく。


「セラ!」


 師が必死に名を呼んだけれどそれはセラの意識に届いていなかった。


 セラがスッと手を振り上げると夜空が突き抜けた。空を焼く力を湛えた神聖なる星々。ステラの町に輝く数多の星々が輝きを湛えていた。


『星降り』


 セラの物ともとれぬ威厳に満ちた声が落ちる。


 指でスッと空を切るとそれに合わせて星々が焼けつく光りを打ち卸した。光りは真っ直ぐアミトの全身へと降り注ぐ。アミトが狂おいながら冥界の叫びを上げた。


「貴様! 何だ! この光、この輝き……」


 苦しみの声が空間を揺らす。耳障りな声に瞬きもせずセラはアミトを焼きつくす。次第に消えて行く闇の衣。


 猛ったアミトはセラに飛びかかろうと持てる力を振り絞ったが到達するより前に蒸散した。


 焼きつくすとセラはその場に屑折れた。


 その情景をスコットリドリーは呆気に取られ、見つめていた。


「神の力……」


 圧倒する光景に自然と感動の言葉が漏れた。


 景色は元の処刑場に戻る。アミトはいなくなり、後には倒れた少女とセラとスコットリドリーが残された。

 正気を取り戻したスコットリドリーは駆け寄るとセラを揺すり起こした。


 頭を持ち上げるとセラの柔らかな髪が零れる。


「セラ! おい、セラ」


 セラが微かに目を開く。遠くで師が呼んでいる。力が入らず、指さえ動かせない。意識がまた落ちてしまう。

 霧散してゆくアミトの生命が空間に渦巻いているのが見えた。彼は消えたのだ。

 ほっとして瞼が落ちてくる。


 掠れゆく意識の中に差し込まれたアミトの最後の言葉が静かに落ちる。


「お前は長く生きられない」


 セラはスッと意識を失った。

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