5-4 下区

「下区の事件を知ってるか」


 セラは師の自宅のソファに横になり本を読みながら問いかけた。


「下区ってなあに」

「下区は下区」


「へええ」


「やあ、おはようセラ。精霊と話してるのかい?」


 セラの声を聞いた師が奥の寝室から起きてきた。頭は乱れた髪が渦巻いている。

 セラは立ち上がると師の朝食の準備を始めた。家政婦のようなことを頼まれている訳ではなかったが、セラが構わないと師は人並な生活を送れない人だった。


 すぐに痩せるし、部屋は散らかるし。

 食事を取らずに飢えたらセラの文様についても調べられなくなる。何より怠惰な生活は見ていられない。だから、仕方なしに身の周りの世話をするようになった。


 セラが今朝パン屋で買ってきた柔らかい白パンを頬張りながら師は「困った事件だね」と零した。上区で暮らす師が事件についていて知っているのは、以前役所に助言を頼まれたからだ。


 師は呼ばれて四件目の事件現場に足を運んだ。だが、師には精霊の知識があれど彼らを見ることが出来ない。

 直接の犯人は分からないと伝えたが、しつこく自身にも分からないことを問われるので、精霊について知りたければボクの本の読むといい、と怒鳴り帰って来てしまった。以後調査協力は行っていない。


「占い師を殺した犯人を知ってるか」


 セラは小さな星の人に向かって問いかけた。


「遊ぼう!」

 星の人が目を輝かせる。


「遊ばない」


 そう言うとセラは立ち上がった。


「下区へ行きます」

「キミのようなひ弱な人間が行くと……」

「身ぐるみを剥がされるんでしょ」


 セラは気に留めることなく部屋を後にした。



       ◇



 下区へは上区を出て中区に入り、公園の木々に隠された寂しい階段から入る。

 昼間に下区から上がって来る人間はごく少数だ。

 階段を降りるごとに空気が冷たくなる。肌に纏わりつく冷気を肌身で感じながらセラは異様な気配を感じた。ここは、来てはいけない場所、セラの勘が警告していた。


 長い階段を降り切るとカビた匂いがした。それに下水のような不快なにおいが入り混じる。地上の光は入らず、壁際を照らす松明。ここには元々処刑場があったという。


 何百年も前に処刑という制度が無くなり、空いた地に貧しい人々が住みついた。精霊学の観点から言うとこういった場所は非常に良くない。人々の思念が張りついているのだ。

 こういう命の流れは負の精霊を生む。その証拠に道の至る所にインプ(闇の精霊)が佇んでいる。


 歩いていると道ぶちで粗末な絵画を売っていた男が話しかけてきた。


「お前上等な着物を着ているな。上の人間か?」


 セラは立ち止ると男を見降ろした。


「知り合いの占い師が死んだ。殺した犯人を知っているか」

 すると男は鼻を鳴らして笑う。


「殺したのは精霊だ。皆知ってる」


「占い師はディノという男だ。死ぬ前に話したばかりだった」

「ああ、先週死んだあの当たらない占い師か。死んだのは『ナヴィ』という料理屋だ。この通りを真っ直ぐ進んだ後、角を右に折れるとある」


 そう言って男は物欲しげに指を擦り合わせた。セラはポケットからディルを出すと男に渡した。 


 ナヴィというのは店主の名前だった。

 看板はなく、髪が伸びざらしの女性が一人で切り盛りしているむさ苦しい小さな店だった。


 客は他に二人。セラはカウンターに座ると果実酒を注文した。戸棚から降ろした自家製であろう酒の瓶から黄金色の液体をとくとくとグラスに注ぐ。それをドンッと置くと店主はまな板の前に戻り、再び野菜を刻み始める。

 一人でやっていると休んでいる暇などない様子だ。


「ディノの死について知りたい」


 すると店主は目も向けず返答した。


「あんたいい身なりだけれど仲間の占い師かい。ディノは確かにこの店の屑かごで死んでいた。おかげで商売あがったりだよ」


「ディノが死ぬ前にしていたことを知りたいんだ」

「普通だよ。店に来て安いブランデーだけ飲んで、裏に吐きに行った。そしたら死んでたのさ」


「この店に来る前はどこに寄ったか知らないか?」

「そんなこと知らないよ。占いやってたんだろ。今日は珍しく当たった、何てほざいてたから」


「占い……」


「あんた占い師様なら占いで何でも分かるんじゃないのかい」


 店主は出来た料理を持って別の客の所へと行ってしまった。


 ディノは死ぬ前に占いを当てた。この事実がどうしても引っかかった。

 占いがヘタなディノの占いは殆ど当たることがない。それが当たった。

 ただの偶然かもしれないが、もしかしたら意味のあることかもしれない。


 セラはその足で精霊区へと向かい、アリアに問いかけることにした。



――ディノを殺したのは精霊なのか。



 すると陣の上に浮くアリアが笑う。


「私にそれを申し上げることは出来ません」

「仲間の秘密を売るのは気が咎めるか」


「……」


「では質問を変えよう。ディノが最後に占いをした客を知りたい」

「ウィンディという女性です」


「ウィンディはどこにいる」

「いません」


 死んだということと理解して質問を止めた。

 セラはウィンディという名前を頭に刻みつけると師の宅へと戻った。




「もういい加減にしろよお前たち!」


 師が何もいない空間に指を突き付けて叫んでいる。


「師匠、そっちに星の人はいません」


 星の人たちが師の尻の後ろで笑っている。


「もう、許さん! 明日から砂糖菓子は無しだ!」


 すると「ええー」と星の人たちが文句を言う。


「砂糖菓子は置いてほしいそうです」

「じゃあ、いい子にするんだ。ボクのコレクションを壊すんじゃないよ」


 言っているそばで精霊の木彫りの人形が倒れる。


「ああ、もう!」


 深刻な話を出来る雰囲気ではなかったがいずれ聞かねばならぬこと。セラは「師匠」と呼びかけて話を始めた。


 今日かき集めた情報を伝えると師は難しい顔をした。


「ウィンディというのはこの近くに住む町医者の娘だよ。結婚に際して色々と決めごとをするために近頃占い師を屋敷に招いていたという」


「占い」


「これは極秘密の話しだが、彼女は先週ベッドの上で一晩中苦しみながら死んだ。そして彼女の体には大きな遺恨が這いずっていたという」

「やはり精霊が関わっていることなのでしょうか」


「かもしれないね。でも、キミの関わるべきことじゃないよ。キミは君自身の身を一番に気遣うべきだ」


 そう言うと師はセラの肩をとんとんと叩いた。師の言う通りなのかもしれない。

 だが、遺恨と言う言葉がセラを引きつけた。関わるのは危ないこと、でもそれ以上に自分に意味のあることなのかもしれない。セラは本を開くとそっと一人考えた。




 次の日、占い師がまた死んだ。セラはそれを仲間の占い師から聞いた。


「また、遺恨があったらしい。町長は困っているそうだ。もうじき明るみに出るかもな。オレたちも身の振りを考えないと」


 遺恨がまたあった。

 それはすなわち精霊の関与を示唆する。ディノは精霊に関わったのか。害を為したのか。


 この町でそんな精霊がいるとすればそこは下区。もしかすると下区の人間の間にそのうち遺恨が流行病のように蔓延するかもしれない。

 それを収めるには邪霊の関わる場所を清めて、封鎖して。

 そんなことを考え込んでいると小さな女の子が声を掛けてきた。


「お兄ちゃん絶対当たる占いって信じる?」


 まだ、十歳くらいのあどけなさの残る少女だ。


「絶対当たる占い?」


 セラはハッとした。占いが当たらないディノが占いを当てた。それは恐らく。


「そんなものがあるの?」

「あるよ。精霊様の力を借りるの」

「精霊……」


「知りたいなら内緒で教えてあげる。下区に入る公園の入り口で待ってる。必ず占いたい人を一緒に連れて来てね」


 そう言うと駆けて行ってしまった。




「絶対嫌だ!」


 師が激しく喚いている。


「少し様子を見に行くだけですよ」

「嘘だ! 絶対嘘だ!」


「師匠のことはボクが守ります」


 師がジト目を向ける。


「キミに遺恨が出来た理由が分かったよ」

「そう言わずに」

「いいかい、ボクもキミも普通の人間なんだ。キミは少し精霊に魅入られたから気が大きくなっているんだ。そんな恐ろしい精霊に関われば命を落とす」


「まだ、邪精って決まっていませんよ」

「決まっている」


 そう言って師はくるりと背を向けた。


「とにかくボクは行かない」

「残念だな、世界を股に掛けた精霊学者のスコットリドリーがこんな面白い案件を怖がるなんて」


「知的好奇心はある。でも、それに自分が実際関わることに興味はない。生きてこそ研究をし続けられるんだ」


「本が一冊書けるのに」


「……本」


 師の背中がピクリと動く。

「『精霊の遺恨と呪い』何てどうです? とても面白いと思うんですけどね」

「遺恨と呪い……」

「オレは行きますね。自身の遺恨に関しても何か分かるかも知れないし」


 そう言って立ち上がると部屋を後にする。ドアが閉じようとした時、師が飛び出してきた。


「やっぱり行くよ。研究者たる者、いつでも学びの精神は大事だ!」




 下区へと続く階段の入り口で少女は一人で待っていた。セラと師の姿を認めると「ついてきて」と静かに言った。


 階段に籠ったカビと汚物の臭いに師が顔を歪ませる。


「やっぱりついてこなければよかった」


 師の後悔を余所にセラは少女の後ろを静かに歩いた。

 歩いていると下区には様々な文化があることを知る。先日訪れた時はディノのことを調べるだけで頭がいっぱいだった。


 奥へ進むと闇市のような所がずっと続いていて、左右に露店がある。

 明らかに薬を売っていそうな香の漂う如何わしい店。どこかで見たことがある様な絵画の恐らく模造品。ゴミをリサイクルしたと思われる安価なインテリア。

 歩いていると声が掛かる。


「お兄さんたち寄って行かないかい」


 陰鬱な空気と静かに燃える松明の光が余計に恐怖を掻き立てる。


「ちょっと師匠、引っ張んないで下さい」

 先ほどからずっと師がセラの服の裾を掴んでいる。


「守ってくれるんだろ!」

 泣きそうな声で師が訴える。


「いざって時はね」

「世界各地回ったけれど、こういう所だけは苦手なんだ。犯罪が起こりそうな場所にわざわざ立ち入る何て」


 スコットリドリーという人物はよほど環境のいいところで育ったと見える。彼の世界各地の旅は実に晴れやかな心躍る旅だったに違いない。


「ここから降りるの」


 目の前には先の見えぬ階段があった。下区の下にまだ層がある。これは殆どこの区域に住む人間しか知らない事実だろう。

 セラが降りようとすると師が「も、もう駄目だ」と怖気づいて座り込んだ。セラはしゃがんで心配そうに肩を抱いた後、そっと声を掛ける。


「本の為です、行きましょう」

 師は泣きながらついてきた。

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