5-3 占い師ディノ

 精霊区には次第に人が集まり始める。


 セラは移動し、崖へと腰かけて本を読みながら人が来るのを待った。


「お兄さんお兄さん。この間の占い当たったよ。今度も占ってくれ」


 やってきたのは先日セラが占った中年女性だった。

 この女性の前回の悩みは息子が恋人に心酔して働かなくなったことだった。セラは女性に、彼女にネックレスを送りなさい、とアドバイスした。

 どうしてそういうことになるのかはセラにも分からなかった。


 だが、その答えを導き出したのはアリアだ。セラはアリアを信じて、そう助言した。女性は顔を顰めて「どうして私がそんなことしなくちゃいけないんだ」と怒りを露わに立ち去った。


 だが、帰宅して冷静になった女性は、箪笥を開けると自身が娘時代に良くつけていたネックレスを引きずり出した。

 それを息子に渡し、「母さんの宝物なんだ。彼女にプレゼントしようと思ってる」と伝えた。


 後日、息子はそのプレゼントを彼女へと贈った。

 すると彼女は目を吊り上げて、「私は本物の宝石がいい」とネックレスを投げ捨てた。ネックレスは投げた勢いで壊れ、床に模造品の珠が飛び散った。

 それを見て憤怒した息子は、「親の好意を何だと思っている」と怒鳴りつけ即日彼女と別れた。

 息子は自身の不孝を恥じ入り、母に新しい立派なネックレスを贈らんとまた真面目に働くようになったという。


 女性の今度の悩みはその息子に結婚相手を身繕いたいということだった。なるだけ、心優しく元気な、家庭を支えていける見めの美しい真面目な女性を所望している。


「注文が多すぎる」


 セラはそう呟くと立ち上がり、崖に向かって祈りを始める。すると星の人が軌跡を描きアリアが出現する。勿論アリアや星の人の存在はこの女性には見えていない。セラがただ崖に向かって手を掲げ瞑想しているように見えるだけ。

 静かなやり取りをした後、セラは振り向いて背後で待っていた女性に伝えた。


「上区の建設現場へ向かいなさい。建築中の家があるからそこに砂糖菓子を供えるといい」


 女性は不思議そうな顔をして、考え込んだ後「分かった、砂糖菓子だね。信じるよ」と言って、代金の三千ディルを渡し立ち去った。


 セラはその代金を懐に仕舞うとまた、崖に腰かけ本に没頭した。


 セラは看板を出していないので、他の占い師に比べて客が少ない。だが、これでいいと思っている。本格的な職業にしようと考えるほど没頭している訳ではないし、生活には困っていない。


 単価が他の占い師に比べて倍ほどなので敬遠する客もいるが、吉凶を占うだけの占い師も存在する状況を鑑みるとセラの占いは遥かに具体的で、一度占ったら客は味を占めてまたやってくる。


 一晩に占うのは三人程。だが、今日は蒸すせいか客が来ない。


 深夜になり、営業している占い師はまだごろごろいるがセラは店じまいだと立ち上がり、中区へと向かった。




 ステラの町には精霊区、上区、中区、下区、合わせて四つの区がある。『上』、『中』、『下』。それはそのまま人々の生活水準を表す。


 師の住んでいるのは上区、金銭的に裕福な上流階級の町だ。

 天文台があり、石畳が美しい非常に整備された町並み。上区に住むには師のような学者や医者、政治家といった地位に就かなければならない。

 税金が非常に高く、暮らしていけなくなったものは中区へと移る。


 中区は庶民の町、景観は至って平凡。整備されていない土の道の両側に木造の家々が立ち並ぶ。割としっかり作られた家が多く、ステラでは一番古い区画だそうだ。

 人口割合は中区が一番多い。暮らしに満足している人が多く、それは行きかう人々の笑顔から読み解ける。皆花や木を大切にし、暮らしを楽しんでいる。


 下区についてはあまり語りたくはないがひと言で言うと中区に暮らせなかった人々が集まる区だ。地理的にも最下層の町で、下区の上に精霊区、上区、中区が存在する。日の光が当たらず、皆貧しい暮らしをしている。

 この区の住民は基本的に税金を払わない。払えないと言った方が正しいかもしれないが。犯罪が横行して、無政府地帯。この町の人間は子供のころから中区などで安い賃金で働き、貯めた金で占い師の専門学校へと入る。


 故にこの区の出身者という占い師は多い。ちなみにセラは知識だけでまだ下区へと足を踏み入れたことがない。

 師に「下区へ行くと身ぐるみを剥がされるよ」と脅されいているので、何となく敬遠しているのだ。ただ、非常に安くて美味い飯屋があるらしく、わざわざそこへ足を運ぶ常連客もいるという。


 中区へと足を踏み入れると気が少し楽になった。経脈の力が少し緩んだせいかもしれない。経脈の力が非常に強いと常に緊張しているような状態でひどく疲れるのだ。

 命の森や海上でこれほど疲労することはなかった。

 それだけこの町に流れる経脈は平均的に力強い。


 セラは行きつけの料理屋の木戸をくぐる。客は五人。

 セラの顔を見ると顔見知りのディノという痩せた占い師が手で招いた。


「ようセラ。お疲れさん」


 机の上にはいくつもの開いたグラス。この男は殆ど占いもせず、稼ぎ時に飲んでいる。ディノは下区の出身だが今は中区に住んでいて家はこの近くだという。

 セラが対面に腰かけるとディノは新たな自分の分の酒とセラの酒を注文し、手元に残った酒を一気に飲み干した。


「例の事件聞いたか?」


 ひと際小さな声でディノが囁く。

 するとそれを聞いたカウンターに座っていた常連客の占い師の男が割って入った。


「下区で占い師がまた死んだ。腹に精霊の遺恨があったそうだ」


 セラは少し考え込んだ。この頃下区で占い師が変死をするという事件が多発している。これで七人目。

 下区というのは犯罪が日常茶飯事なので、常日頃から事件が即座に他の区に漏れ聞こえることはなく、他の区の住民が気にして占いに来なくなるなどということは今のところ起きていない。


 ただ、殆どの占い師が人伝に聞いて事件の粗筋を知っている。

 死体には遺恨が焼きついていて、精霊の仕業でないかと占い師は皆戦々恐々としているのだ。一部の占い師の間で、初めの被害者となった占い師が精霊を憤怒させるようなことをしたのではないかというのが専らの噂だ。


「暫く占いはよした方がいいかもしれないな」


 そう言ってディノは店員の持ってきたグラスを受け取る。


「事件が起きようと起きまいとあんたはここで酒ばかり飲んでる」


 セラの指摘にディノが豪快に笑う。


「オレの占いはあまり当たらないんだ。求める客はいないよ」


 セラは口元に笑みを浮かべ酒を飲む。


「セラお前も気をつけろ。いついかなる災いがお前の身に降りかかるともしれない」


 この忠告の翌日、ディノは下区の料理屋の裏手の大きな屑かごに半身を突っ込んで死んでいた。

 体には大きな遺恨が刻まれていた。


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